第9話「帰りたくない」

 大沢は、着替えを取りに家へ戻った。家に戻ると、どこに泊まるのか父親が尋ねる。さすがに男の家に泊まるとは言えず嘘をつく。


「雀のところ。」

「そうか。気をつけて行けよ。そう言えば、美沙のクラスに井園っていうろくでもない奴が居るらしいな。」

「え?」

「ネットで話題になってたぞ。性格も顔も今世紀最悪の少年って。動画もあるぞ。」


 そう言って見せてきたのは、遠足でのあの出来事だった。美菜子が大声で、井園を誹謗中傷するシーン。コメント欄はやはりと言うべきか、炎上していた。彼を擁護する者はいなかった。非難する者、誹謗中傷する者、死ねと連呼する者で、溢れかえった。ある者は名前・住所・電話番号を特定し、ある者は学歴・家族構成・親の勤めている会社を特定し、ある者は、殺害予告を出し、自ら家に赴く者までいた。

 こぞって彼らは言うのだ、「これは、正義だ。法で裁けないなら、代わりに我々が正義の鉄槌を下すのだ。」と。


「酷い。こんな事しなくても。」

「だろ。あんな奴がうちの娘と同級生だと思うと恐ろしい。一体どうやったらこんな子に育つのか、親の顔が見てみたいもんだ。」

「違う。酷いのはこのコメント欄だよ。井園君はあなた達に何かしたの?こんなの正義じゃない。彼らがやってるのはただの自己満足で、正義という名のいじめにすぎない。ただの犯罪よ。これじゃ、どっちが加害者か分からないよ。」

「美沙。それは違う。彼らは正しいことをしたんだ。悪は必ず成敗しないといけない。社会の厳しさを教えてあげてるんだ。」

「そう。しばらく家に帰らないから。じゃあね。くたばれ、この糞親父。」


 美沙は、玄関の扉を勢いよく閉める。思わず父親はビクッとする。


「待って、美沙。」


 母親は美沙を追いかけた。美沙はそれを見て、立ち止まる。


「どうしたの?お母さん。お母さんも、あいつの味方?」

「少なくとも味方ではないわね。それより、これから井園君のところに行くのよね?」

「え?何で分かったの?」

「あなたの母親だもの。娘の気持ちぐらい分からないと。お父さんには内緒にしてたんだけど、実は井園君のお母さんとは昔から仲が良かったの。だから、あの子がそんな事しないぐらい分かるわ。そうだ、今度井園君も誘って一緒にお茶でもしない?」

「え?いいの?」

「ええ。いつでも大歓迎よ。だから、いつでも帰ってきていいのよ。分かった?」


 美沙は、母と別れ井園の家に向かう。家に着くと、ポストに大量の手紙が届いてることに気付き持って入る。相変わらず電話が鳴り続けていた。


「本来なら一泊だけど、ちょっとケンカしちゃって。しばらくの間、よろしくね。」

「それは、大変だったね。好きなだけいてもいいよ。まあ、すぐに出ていきたくなるだろうけど。」

「大丈夫。こう見えて結構メンタル強いから。そうだ、ポスト結構溜まってたみたいだし、持ってきたよ。」

「ありがとう。」


 井園は少し汚れた大きめの封筒を開ける。手紙にはこう書かれていた。


 

 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う


 「ひぃ。何これ。どういう事?警察に届けた方が。」  

                              

 これを見た瞬間大沢は、恐怖を感じた。しかし、井園は平然としていた。


「驚いただろ?あの件以来ずっとこんな紙が届くのさ。おかげでトイレットペーパー買わずに済むよ。まあ、流せないけど。」


 井園は、冗談交じりに笑っていたが手が少し震えていた。他の手紙を見るが全て、殺害予告・脅迫文だった。電話の方も何百件も留守電があり、殆どが殺害予告や罵詈雑言だった。


「まあ、そのうち慣れるさ。そういやぁ、ごはん食べたのか?」

「あっ。食べてなかった。」

「そうか。」


井園は黙々と夕食を作り始めた。


「何か手伝う事ある?」

「大丈夫。ゆっくりしてなよ。」


 井園は夕食を食べ終えると風呂を沸かし始めた。しばらく、一緒にテレビを見ていると風呂が沸いたみたいなので、先に入るよう勧める。


「大沢さん。先に入りなよ。注意事項として、これから、家の電気全部消すので、決して脱衣所と浴槽の電気は付けないこと。後、絶対に窓を開けないこと。OK?」


 窓はともかく、なぜ電気を消して入るのか不思議に思ったが、何か理由があるのだろうと思い、小さな懐中電灯を受け取り、脱衣所に向かった。


「明かりの無い浴槽ってなんか怖いな。それに、誰かに見られている気分。」


 大沢は少しビビりながらもシャワーを浴びていると、突如家のチャイムが鳴った。大沢は思わずビクッとした。すぐに誰かが鳴らしたと分かり、安堵のため息をついた。しかし、そのチャイムは大沢にさらなる恐怖を与えた。


ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン


 チャイムが連打され家中にチャイムが鳴り響く。大沢は恐怖のあまり、思わず浴槽の中に入り、風呂の蓋を閉め、身を潜める。さらに、追い打ちをかけるかのように浴室の窓を何者かが、罵声と共にドンドン激しく叩き始めた。


 嫌だ。怖い、殺される。誰か、誰か助けて。


 しばらくの間それが続いた。ようやく、窓を叩く音が聞こえなくなり、そっと、蓋を開け急いで着替え脱衣所を出る。脱衣所を出ると、本当に家中の電気は消えていたので、懐中電灯をつけ、台所まで行く。台所に着くと井園の姿は見えなかった。大沢は辺りを探していると、冷蔵庫の隅に怯えながら隠れていた井園を発見した。


「井園君!」

「大沢さん。明日には出て行ってくれないか?君が怪我をしたら大変だ。俺は、一人でも平気だ。」

「それはできない。私はずっと居るよ。井園君が嫌でも、ここに居る。絶対に一人にさせないから。」


 大沢は咄嗟に井園を抱きしめた。


「こんな事が毎日あっても居てくれるのか?」

「うん。もちろんだよ。今日は一緒に寝ようか。」

「ありがとう姉さん。じゃなかった大沢さん。」

「姉さんって呼んでもいいんだよ。私ひとりっ子だから。何か嬉しい。」


 二人は二階の寝室に行き、同じベットに入った。寝室は一階と違い、ものすごく静かで、時計の針がいつもより大きく聞こえるほどだった。


「ねえ、井園君のお姉さんってどんな人なの?」

「姉さんは美人で、頭もよくて運動もできて、優しくて、いつも勉強を見てくれて、よく、一緒に出掛けたりしてた。完璧に見えてちょっとドジなところもあって、同じDVDを借りてきたこともあったんだ。」

「素敵なお姉さんなんだね。一度会ってみたかったな。」

「俺も、早く姉さんに会いたいな。」


 二人は徐々に眠気に襲われた。そのまま寝落ちしていればどれほど良かった事か。しかし、現実は簡単に眠らせてくれなかった。再び、電話が鳴りだしたのだ。それだけでなく、ドアを叩く音や、チャイムも鳴りだし寝室に向けて、車のフラッシュが何度も襲う。しまいには、クラクションを鳴らし続け、バイクで思いっきりエンジンをふかし始めたのだ。家中騒音だらけで、先ほどの眠気は一切なくなった。井園は引き出しからヘッドホンを取り出すと大沢に付けた。


「これ、姉さんから去年の誕生日に貰ったヘッドホン。音楽でも聴いて寝てな。時期に収まるから。多分。」


 そう言うと井園は一階へ降りた。井園が気になり大沢も降りる。


「一回に降りてどうするの?」

「眠れないからテレビ見ようかと。」


 二人はソファーに座りテレビをつける。ちょうどホラー映画をやっていたのでそれを見ることにした。映画の途中で再び電話が大量に鳴る。ちょうど電話のシーンと重なり二人は笑っていた。


「うおおおお。なんだ、どっちもか。これ、臨場感があって良いな。」

「だね。感謝しなくちゃ。迷惑だけど。」

「あはは。違いない。」


 なぜだろう。お風呂の時はすっごく怖かったのに、井園君といると平気だ。こうやって、テレビも見てるし冗談も言える。昔、一人で寝れなくて、よくお母さんの布団に潜ったっけ。アレと一緒なのかな。


 映画が終わる頃には、外は静かになり井園は寝落ちしていた。大沢は、井園の頭を自分の膝の上に乗せ、ポンポンと優しく撫でた。


 昨日も同じことがあったんだよね?それを一人で耐えた。すごいよ井園君。さっきだって、自分より私を心配してくれた。私嬉しかったよ。これから、しばらくの間そばに居れる。でも、いつかは帰らないといけないんだよね。すっごく嫌。このまま、ずっとずっとずーっと貴方のそばに居たい。


「井園君。好きだよ。」


 彼女は、そっと目を閉じ唇を合わせた。静寂な部屋に、ひと時の甘い時間が流れた。


 私って卑怯だ。寝てるときにしか言えなかった。井園君は優しいから言わないだけで、本当は、部室の時みたいに、私に興味がないのかもしれない。もしかしたら、嫌いなのかもしれない。でも、それが本当だったとしても、私は貴方と関わりたい。


「私、帰りたくないよ。」


第9話「帰りたくない」~完~









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

気づいて! コウキング @masamunekouki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ