第8話「それでも君は、手を差し伸べる。」

  遠足が終わり、迎えた翌日。井園たちのグループは、それぞれ個室で昨日の事を話した。


「井園。お前は、本当にやったのか?」


 先生からの問いに、井園は頷こうとした。しかし、脳裏に大沢のあの光景がずっと流れてくる。


  好きでもない俺の為に、あそこまで言ってくれる。自らの交友関係を崩してまでだ。俺は、それに応えるべきじゃないのか?それに、大沢の件も俺は許せない。だったら、俺がとるべき行動は一つ。全てを否定し謝罪させる。


「やってません。全て彼女の妄言、憶測での俺に対する誹謗中傷です。事実とは、一切異なります。こちらが器物破損・名誉棄損で訴えたいレベルです。」

「そうか。ん?今、器物破損と言ったか?それは初耳だ。」

「彼女は、俺のキーホルダーと入場時に配られたクリアファイルを壊しました。キーホルダーは、平塚君にあげたのを除霊だとか言って壊したので、彼に聞けば分かります。破壊した本人はしらばっくれると思うので、意見が食い違うと思いますよ。」

「そうか。もし、本当だとして井園は許す気になれそうか?」

「許しません。僕にとって大沢は、唯一の家族みたいなものですから。」


 それから、先生は6人を職員室に集め、状況を改めて整理する。


「要するに、橋平の思い込みと井園への嫌悪感から、こうなった訳か。」

「思い込みじゃないです。皆、コイツに脅されてるんです。先生。私が嘘を言ってるとでも?」

「いや。そう言ってるんじゃ無くて。」

「先生。分かってますよね?私が一言言えば、あなたは教師を辞めさせられる。よく考えてください。こいつを庇って家族を路頭に迷わせたいですか?こいつの様に家族を失いたいのですか?」


先生は急に黙り込んだ。しばらくして、先生は井園の方を見る。


「すまない井園。分かってくれ。橋平が言ってる事は事実でいいな?」


 そうなるよな。この人にも家族が居る。誰だって家族は大事だ。これは仕方の無いこと。俺のせいで先生の人生を台無しにしたくない。ごめんなさい。大沢さん。泥を塗るようなことをして。せっかくの頑張りも無駄にして。


「分かりました。それじゃ、生徒指導室へ行きましょう。」

「待って!」


 大沢さんは、また俺を止めた。こんな仕打ちをして、期待を裏切ったのに。彼女はまた、俺を助けてくれる。それなのに俺ときたら。本当にごめんなさい。


「もういいんだ。大沢さん。これ以上は。」

「でも、」

「そうよ。悪いのは、こいつなんだから。家族と一緒に事故で死んどけばよかったのに。残念。」

「美菜子?今なんて?」


 本当にもういいんだ。大沢さんが必死になる必要は無い。俺がいなければこんな事にはならなかった。悪いのは、俺なんだ。俺も、無理をしてでも行くべきだったんだ。俺は、生きてはいけない人間なんだ。彼女の言う通り死ねばよかったんだ。


「死んどけばよかったって言ったの。本当の事でしょ?美沙もそう思うよね。」

「美菜子!何言ってんの?言っていいことと悪いことぐらい分からないの?」

「もういい。これ以上俺を庇わないでくれ。」

「井園君。少し黙ってて。謝らせるから。」

「美沙。あいつに人権は無い。だから、何をしても許される。こうやってもね。」


 美菜子は、満面の笑みで井園を蹴り飛ばす。井園は、机の角に頭を打つ。


「あはははははは。なんて無様な恰好。愉快だわ。」

「井園君!」


 美沙は、急いで井園に駆け寄る。


「あんたを生んだ家族が哀れでしょうがない。事故にあって、ほんとよかったわ。こんな奴が家族とか、嫌だもんね。家族の事故死、心よりお祝い申し上げます。」

「美菜子!謝りなさい。人としてどうなの?いくらなんでも酷すぎる。」


美沙は、美菜子を睨む。


「美沙。分かって、お願いだから。あいつに何かされたんだよね?うんって言えば、これ以上言うつもりはないから。」

「何度言われたって、答えは同じ。彼から何もされてない。やったのは、私の方。」

「大沢さんありがとう。もういいよ。」


 井園は、大沢に礼を言うと、学校を出た。そして、誰もいない家に帰る。ポストに大量の手紙が入れてあったが、それに目もくれず、鍵を閉めた。電話はひっきりなしに鳴っていたが、無視して二階に上がる。


「大沢さん。ごめん。ごめんなさい。」


 俺は、ぬいぐるみを抱き締めながら、ひたすら謝った。次第に涙が溢れていった。その後の事は覚えていない。気がつけばいつの間にか夕方だった。どうやら寝ていたみたいだな。腹も減ったし、何か食うか。


電話は相変わらず鳴っているが、気にすることなく台所に行きご飯を作り始めた。野菜を切ろうと包丁を取り出すと、自分の首の近くに持ってくる。


「この包丁で、楽に死ねるかな。って無理か。そんな勇気俺には無い。誰か殺してくれないかな。」


ピンポーン


 野菜を切っていると、インターホンが鳴った。恐る恐るインターホンを覗くと、そこには大沢が立っていた。


「大沢さん?なんでここに?」

「えへへ。井園君が心配で、先生に聞いて来ちゃった。」


 井園は、大沢を中に入れるとソファーに座らせた。


「このソファー気持ちいいね。大きいし、すっごくフカフカ。」

「だろ。結構気に入ってんだ。」

「いつも一人なの?」

「そうだな。最初は、寂しかったけど今では慣れた。」

「もしよかったらさ、明日うちに来ない?」

「誘いは嬉しいけど、大沢さんの家族に迷惑をかけかねない。だから、止めとくよ。」

「そっか。分かった。行く気になったらいつでも言ってね。後、電話でないの?さっきから、ずっと鳴ってるけど。」

「あんまりでたくないんだ。」

「私が代わりにでよっか?」


 大沢は電話にでる。電話の相手は名乗ることなく言葉を発す。


「社会のゴミが。殺すぞ。」


 それだけ言うと電話は切れてしまった。大沢は、井園を見るなり荷物をまとめ始めた。


「今日。泊ってもいい?」


第8話「それでも君は、手を差し伸べる。」~完~

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