第7話「僕は嫌われている。」

  楽しい時間はあっという間に過ぎる。俺と大沢の2人だけの時間。さっきまで上空にいたのに、気づけば、もう地上の近くにいる。


「ねぇ、これあげる。」


 大沢は、カバンから入場時に貰ったクリアファイルを取り出した。


「美菜子が酷い事をしたお詫び。」

「そんな事しなくてもいいのに。また来ればいいだけだから。」

「いやぁ。実は言いずらかったんだけど、私、美雪より天音川の方が好きなんだ。だから貰ってくれる?私が持ってても困るから。」

「そうなんだ。分かった。ありがとう。」

「でも、本当に好きなんだね。大沢さん。」

「あぁ。俺にとって家族みたいなものだからな。」


 2人が乗っているゴンドラは、地上にたどり着き、2人は降りた。平塚達と合流すると、美菜子は、血相を変えて井園に突っかかる。


「おい、ゴミ。美沙に変な事してないだろうな?」

「は?する訳ないだろ?」

「ねぇ、美沙。本当にこのゴミに何もされてない?」

「井園君の言う通りよ。何もされてない。一緒に乗って、手を握っただけ。」

「は?手を握った?え?どういう事?コイツが無理やり握ったの?」

「いや、私の方から握った。」

「美沙は優しいからそう言ってるけど、本当は違うんでしょ?そうでしょ?ねぇ、私たち友達だよね?本当の事を言ってお願いだから。」

「だから私からって言ってるじゃん。」

「言わされてるんだよね?そうだよね?大丈夫。私が何とかするから。だから安心して。」


  美菜子は、美沙を抱きしめると同時に、周りに聞こえるように大声で井園を罵り始めた。


「あんたって最低だね。美沙が嫌がってるのに、無理やり手を繋いで、観覧車に乗って挙句の果てには、口封じとまで来た。美沙が可哀想だと思わないの?まぁ、思わないから出来るんだろうけど。」


  周囲の人は何事かと思い、井園達の周りに集まり、いつの間にか見物人で溢れかえった。美菜子は、しめたと思い井園の印象をもっと悪くするために、さらに拍車をかける。


「今まで我慢してたけどさ、この際はっきり言うけど、いっつもストーカー行為ばかりしてさ、気持ち悪いんだよ。この前もさ、それを注意したら、それが気に食わなかったのか知らないけど逆上して、殴り掛かったよね。あんた、女子に手を出すとか人としてどうなの?それにさ、ウチらの楽器とか、机とか教科書とか舐めてたし、本当に気持ち悪いんだよ。」


 見物人はそれを聞いてざわつき始めた。女性は井園に対し嫌悪感をむき出しにして冷たい目で見る。中には面白半分で罵詈雑言を浴びせる者もいれば、スマホを取りだし撮影を始める者や、ライブ中継をしだす者まで現れた。それが次第に広まり、騒ぎを聞きつけた先生らが駆けつける。美菜子は、嘘泣きをしながら先生に助けを求めた。


「先生。実は⋯⋯。」


  美菜子は、観覧車の事と、学校生活でのデタラメや、嘘を喋り、井園を完全に悪とすることに成功した。


「おい。井園。どういう事だ。説明しろ。そんなに昔からやって来たのか。」


  俺は、先生の目を見て、弁明をしても無駄だと悟った。あの目は明らかに俺がやったと決めつけている。何でこうなったか理由はすぐに分かる。俺が大沢と一緒に居たのがダメだったんだ。だからこんな事になった。俺は、幸せになってはいけない存在なんだ。だったら、いっその事、全て認めて刑務所に入るか。もしくは、死のうか。


「もう、そういう事で良いですよ。彼女が言ってる事は本当です。」


 それを聞いた美菜子は満面の笑みを浮かべる。大沢は、違うと否定しようと声を出そうとしたが、美菜子に、口を塞がれ声を出せなかった。


「ダメだよ。美沙。全部美沙の為なんだから。だって私たち友達でしょ?」


  全部私の為。彼女はそう言ったけど、私は、いつ、好きな人を貶し、犯罪者にしろと言った?それに、私の為と言いながら結局は、彼女が彼を排除したかっただけ。私はその為の理由にすぎない。そんな人と関わる必要無いよね。それに、彼も彼よ。何であんな嘘を認めてるの?少しは、反論してよ。


「ん?どうかしたか、橋平。」

「いえ。なんでも。美沙がちょっと疲れたって。」

「そうか。大変だったもんな。他にも言い難いことがあるなら後で聞く。それより、井園。お前は、さっきそういう事で良い。と言ったな?それは、そういう事しておいてやる。そういう風に捉えて間違いないな?現時点で証拠が無いが、証拠が集まれば恐らく、裁判沙汰になるだろう。退学どころじゃ済まないだろう。覚悟しておくんだな。生憎、お前には、迷惑をかける家族もいない。それが唯一の救いだな。」


  確かに、先生の言う通りだ。俺は、中学の頃から、一人ぼっちだった。家に帰っても一人ぼっち。いつも出迎えてくれるのは、何も喋らない大沢のポスターのみ。家族は、俺以外全員旅行中に事故死をした。だから、俺が死んだって迷惑をかける事も無い。

  母さん。父さん。爺ちゃん。婆ちゃん。姉さん。親不孝者でゴメン。もう無理だよ。すぐにそっちに向かうから。そしたら、また、家族として暮らそうね。それと、大沢。観覧車での出来事嬉しかった。君は、世界で1番美しい。愛してるよ。もし、来世で会うようなことがあったら、今度は、仲良くなれたら良いな。


「とりあえずホテルに戻るぞ。説教は、ホテルに戻ってからだ。」

「先生、待って!!彼と話をさせて。」


 大沢は、声を張り上げて言う。美菜子は必死に止めるが、大沢は、美菜子を跳ね除け井園の元へ向かう。


パチーン


 大沢は、井園の頬を力一杯、平手打ちした。井園は、驚きのあまり思考が停止した。先生や、他の生徒も大沢の行動に唖然とした。


「ふざけないで。何で、やってもない事まで認めるの?本当に犯罪者になるよ?」

「大沢。どういう事だ?お前が嘘をつくとは到底思えない。」

「先生は黙って。」


 いつもと違う口調や表情に先生は戸惑いだした。


「ねぇ、何で反論しなかったの?」

「無理だな。先生は、既に俺がやったと思い込んでいる。だってそうだろ?普通、そんな事があったら被害者に聞くのが最初。しかし、先生は、当事者の大沢さんに何も聞かず、第三者の橋平さんの話しか聞いてない。それが何よりの証拠だ。それに、過去の事もある。疑われても当然だ。俺は、勝てない無理ゲーはしない主義なんだ。」

「それで、どうするつもりだったの?冤罪を認めて。」

「俺には、家族はいない。だから会いに行こうと思ったんだ。家族に会うのに丁度いい理由になる。」

「家族がいない?どういう事?」

「実はだな、井園のご家族は、旅行中に事故にあって亡くなった。確か、ここに入学した翌日だな。」


  先生は、彼の家の事情について喋れる範囲で話した。


「なるほど。だからって、何で自殺を?」

「てか、もういいだろ。どうせ俺は、生きてても死んでても犯罪者。大沢さんが気にする事はない。それに、俺を庇うと橋平さんと仲悪くなるよ?」

「それでも構わない。私は、冤罪を見なかったことに出来ない。だって、無実の人を犯罪者にしたくないもの。」

「ねぇ、美沙。もうゴミを庇わなくて良いんだよ。素直になって。本当のことを言って。だって、私たち」

「あなたとは友達じゃない!」


 大沢の一言に美菜子は呆然とする。


「え?今なんて」

「アンタみたいな奴友達でも何でもない。私、言ったよね?自分から握ったって。何で、それを真実として受け止めようとしないの?」

「いや、それは、そう言わされてるだけでしょ?正直に言って良いんだよ。」

「ちょっと待て。どういう事だ?大沢は、自分から握った。と言ってる。対して、橋平は、無理やり握らされたと言ってる。言ってることが正反対じゃないか。」

「先生。話は簡単。彼女は、彼が嫌い。だから、彼を犯罪者に仕立て上げて、学校から追い出す。そうでしょ?犯罪者さん。」

「え?美沙、何言ってるの?今日の美沙ちょっとおかしいよ。やっぱり、あのゴミに何かされたんじゃ。」

「ゴミは、あなたの方よ。」

「先生。美沙は、井園に何かされたんです。早く警察を呼んでください。」

「しかしだな。」

「先生。呼んでください。あのゴミを早く処分してください。」

「美菜子。いい加減にして。お願いだから、もう彼を悪く言うのはやめて。これ以上悪口を言ったら許さないよ。」

「二人とも落ち着け。場所も場所だ。学校に戻ったら詳しく聞くからな。あまり楽しめそうな雰囲気じゃないが、せっかくの遠足だ。今は、楽しんで来い。」

「先生。俺は残ります。自分が居たら楽しめないと思うので。」


  4人は、少し不満げだったが美菜子が早く行こうと急かすので、渋々この場から離れた。


「井園も、今だけは楽しむといい。」


  そう言い残し、先生は離れていった。井園は、ショップセンターに行き、大沢のグッズを探し始めた。グッツを探していると店内に美沙と雀が入ってきた。


「そういえば、美沙。あのファイルどうしたの?」

「あれは、井園君にあげた。」

「どうして?あんた美雪推してたじゃん。それに、あのクリアファイルの為に1週間前から下調べもしてたんでしょ?」

「私見たんだよね。井園君が持ってたクリアファイル。実は、あのクリアファイル2種類あってクリームが付いてるのと、付いてないのがあるの。」

「へえぇ。私のは付いてないや。」

「クリーム付いてるのって、結構レアでさ、滅多に手に入らないの。井園君、私と同じ付いてるやつだったから、それであげたわけ。」


 そうだったのか。大沢さんは、それを知っててあんな事を言ったのか。だったらお礼をしないとな。


 井園は、店内を見渡してると、数量限定の大沢がプリントされたクッキーが1箱残っていた。井園はそれを買おうとレジに並ぶ。


「嘘。クッキー売り切れ?楽しみにしてたのに。」

「仕方ないよ。諦めな。」


 俺は、会計中に店員に聞くことにした。店員によると、再販は未定らしい。これは、お礼のチャンスだ。俺は、急いで大沢の方へ向かった。


「大沢さん、待って。これ、よかったら。」

「井園君!?ビックリした。てか、ここにいたんだ。」

「クリアファイルのお礼をしたくて。よかったらこれ。欲しかったんでしょ?」

「!クッキーだ。でも井園君も欲しくて買ったんじゃ。」

「俺、甘いの苦手だから。だから、あげる。」


  俺は、袋ごと渡すと恥ずかしさのあまりその場から逃げ出した。


「?なんで、甘いの苦手なのに買ったんだろう?ねえ、雀。」

「え?(美沙って意外と鈍いの?)」


第7話「僕は嫌われている。」~完~


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