第6話「それでも私は許せない。」
遠足当日。美菜子からの殺害予告を頭に入れつつ、井園は支度を済ませる。内心は行きたくないが、どうしても行かないといけない理由があった。
「まさか、ユリガルとコラボしてたとはな。しかも、入場特典で大沢美雪の特製クリアファイルが手に入るとは。ありがたき幸せだ。」
そう。井園が行く遊園地は、大人気スマホアプリ、ユリユリガールズコレクション。略してユリガルとコラボ中なのだ。さらに、コラボ開催記念として、ユリガルのキャラの1人である大沢美雪が大きく描かれた特製クリアファイルが配布されるとの事だ。
「必ず迎えに行くからな。待ってろー!」
一方、大沢美沙の方は、遠足が楽しみすぎて緊張していた。
「井園君と一緒に回れる。それに、入場特典が美雪のクリアファイルだって。もうサイコー。楽しみすぎるよ。」
大沢は、布団にドサッと倒れ込むと、美雪のぬいぐるみを抱きしめ、足をジタバタさせる。大沢も、井園と同じ大沢美雪を推してるのだ。
「井園君って、ユリガルしてるのかなぁ?してたら嬉しいな。」
各々学校に着くと、点呼と朝礼を済ませ、グループに別れてバスに乗り込んだ。井園は乗り込もうとすると、美菜子が井園の隣に近づく。すると、美菜子は井園の肩を強く掴み、
「ちっ。来てたんだ。空気読めよ。」
美菜子は、舌打ち混じりに井園の耳元で囁く。
怖え〜。女子って怖え〜。今すぐ帰りたい。でも、大沢が待ってるんだ。嫌だけど頑張らないと。
「あっ、美沙。一緒に座ろ?いいでしょ〜。お願〜い。」
「うん。良いよ。」
2人はバスに乗り込む。美菜子の変貌ぶりに井園は驚きを隠せなかった。井園は、今度こそバスに乗りこみ、一番端の席に座る。全員乗り終えると、バスは目的地へ出発した。しばらくの間バスは走り続け、やがてバスは、今回の目的地である。櫻乃ランドに到着した。全員バスから降りると、グループに別れ、入園した。各々、入園時に大沢のクリアファイルを受け取る。井園は、受け取るとしばらくの間立ち止まり、大沢のクリアファイルを眺める。
やっべぇマジ可愛いわ。なに、この子。俺を殺す気なの?頬にクリームをつけてやがる。あざとすぎるだろ。大沢、お前そんなキャラだったか?
「井園君。その子ショートヘアの子、好きなの?」
話しかけて来たのは、雀だ。雀も、ユリガルのプレイヤーであり、大沢が大沢推しである事を知ってる。雀は、2人の会話のネタにしようと、ユリガルを知らないフリをして、話しかけて来たのだ。
「この子は、大沢美雪って言って、ちょっと素直になれないけど本心は皆と仲良くしたいって子なんだ。いわゆるツンデレってやつだな。」
「ふーん。そう言えば美沙も同じのやってなかった?」
雀は後ろを向く。しかし、美沙は、美菜子に連れられ、皆と違う方向へ行ってしまっていた。
「ちょ、美菜子・美沙。そっち観覧車じゃないよ。」
雀は、大声で叫ぶが、聞こえなかったのか2人は、更に遠くへ行ってしまった。
「皆、ちょっと待ってて。連れてくる。」
雀は、2人の方へ走って行った。息を切らしながら来た雀に、美菜子は不思議そうに見る。
「ちょ、お二人さん。方向逆だって。」
「知ってるよ。」
「え?どゆこと?」
「だって、アイツと一緒の空気なんか嫌じゃん。アイツのせいで美沙が危険な目に遭ったらどうすんの?」
美菜子の言うアイツとは、井園の事だ。どうやら、井園と一緒にさせたくなかったらしい。
「別に、そんな事ないよ。仲良くすれば良いだけだよ。」
大沢は、否定するが、美菜子はそれを否定した。決めつけほど恐ろしい事は無い。そう大沢は感じた。
「いや、そんな事あるね。美沙は誰にでも優しいからそう言ってるけどさ、アイツ何考えてんのか分かんないよ。さっきだって、あの絵?の女の子見て、ニヤついてたしさ。気持ち悪いって言うより、絶対にヤバい奴だよ。だから、美沙。お願いだからアイツとは関わらないで。仲良くしないで。それで周りに被害が出たら美沙のせいになっちゃうよ。私、そんなの嫌だ。美沙が嫌われ者になるなんて嫌だ。」
「いや、美菜子。さすがに被害妄想が過ぎるでしょ。いくらなんでも井園君が可哀想だよ。」
雀は、思わず反論してしまった。雀は、ハッと我に返ったが、時すでに遅し。美菜子は、不機嫌になり、雀に掴みかかった。
「雀。アンタも、アイツの味方をすんの?」
「うん。そうだよ。」
「この裏切り者。」
美菜子はそう言い残し、どこかへ行ってしまった。
「あっ。待って。」
「ダメだよ美沙。平塚君達が待ってるから、戻るよ。」
大沢は、美菜子の元へ行こうとしたが、雀に止められ渋々、井園達の元へ合流した。案の定、美菜子の事を聞かれ、喧嘩したと雀が話す。それを聞いて、平塚から美菜子を探そうと提案があり、それぞれ手分けして探すことになった。井園と大沢と雀は、一緒に周り、遊園地内を1周したが美菜子の姿は見えなかった。しばらく経ち、平塚達と合流したが、美菜子の姿は無く、どうやら平塚達も見つけられなかったようだ。平塚は、パンフレットを取り出し、美菜子が行きそうな場所を確認する。
「美菜子は、絶叫系が好きだからな。ジェットコースターあるいは、にゃんにゃんバイキング辺りか。」
「たしかに。後は、観覧車とかかな?」
「どうだ、楽しんでるか?写真撮りに来たって、お前たち橋平と一緒じゃなかったのか?」
写真を撮りに来た先生と出くわし、雀は、トイレ休憩中にはぐれたと嘘をつく。
「そう言えばさっき、他の先生が噴水辺りで見かけたって言ってたな。もし、動いてなかったら噴水の所で待ってるはずだ。」
それを聞き、急いで噴水があるエリアへと向かう。すると、目を真っ赤にした美菜子がベンチに座っているのを見つけた。
「美奈子!」
雀は、美奈子を見つけるとギュッと抱きしめた。美菜子は、思わず泣き出す。
「ごべぇんねぇ。ずずめぇ。ざっぎばいぃずぎだぁ。」
「大丈夫。気にしてないから。それより、美奈子が無事で良かった。」
美奈子が少し落ち着いたので、最初に乗ろうとした観覧車の方へ向かった。井園と、平塚は待つことにし、雀と酒井が先に乗り、大沢と美菜子も乗る。
「美沙。ごめん。私のせいで。」
「ううん。大丈夫。私の事を思ってやってくれたんだよね?それは、すっごく嬉しい。ありがとう。」
「当然だよ。本来なら、アイツは死ぬべき存在なんだから。」
「ずっと嫌ってるけど井園君に何かされたの?」
「ううん。何もされてない。だけど、私はアイツを許せない。」
「なんで?」
「私の初恋の人を殴ったんだもん。許せない。いや、絶対に許さない。死んでも許さないんだから。」
一方、井園は、平塚と近くのベンチに座り雑談をしていた。
「まさか、井園君とこうやって話す時が来るとはな。」
「そうだな。あの時はごめん。つい、カッとなって。」
「もう過去の事だ、気にすんな。俺さ、君に殴られてからユリガルを始めて見たんだ。何で、あんなに熱くなったのか気になって。プレイした結果、君が怒る理由が分かったよ。皆の事を思って行動する人間を、自分の事しか考えない哀れな奴って言ったんだもんな。そりゃ誰だって怒るわ。俺は何にも知らずにただ、2次元だからって馬鹿にして見下していた。」
「まぁ、誰だって2次元に理解があるわけじゃないしな。」
「なぁ、俺にも大沢を愛する資格はあるのかな?そもそも、あんな事言ったのに愛しても良いのか?」
「それは、大沢を推すという事か?」
「あぁ。俺は大沢を推したい。」
「知ってるか?推すのに資格なんて要らないんだ。最初は嫌いなキャラでも徐々に好きなって推す人もいる。だから、そんなに深く考えなくてもいい。好きだから推す。ただそれだけの事。そうだ。大沢推しならコレをプレゼントしよう。」
井園は、カバンから初期の頃の大沢のキーホルダーを渡す。それを見た平塚は大きく目を見開く。
「これは、君がいつも付けてるキーホルダーじゃないか。そんな大事な物貰えないよ。」
「それ、予備のやつだから大丈夫。大沢推し同士、親交の印だ。」
「そうか。ありがとう。大事にするよ。」
平塚は、早速カバンにキーホルダーを付ける。4人が観覧車から降りてくると、美菜子は、一目散に平塚の元に駆け寄る。
「コイツに変な事されてない?大丈夫?殴られてない?」
「大丈夫だ。むしろ、仲良くなったぐらいだ。」
「そうなんだ。って、そのキーホルダー。」
「あぁ、これは井園君から貰った物で。」
美菜子は、何を思ったか、そのキーホルダーを引きちぎり地面に叩きつけ、力いっぱい何度も踏む。井園は、呆気にとられ、ただ呆然と立ち尽くす。平塚はこれ以上はまずいと思い、美菜子を抑える。
「離して!こんな奴から貰う物なんて呪われてるよ。だから、こうやって私がお祓いするしかない!」
美菜子は、粉々になったキーホルダーを見ると井園に近づき、手に持っていたクリアファイルを奪い、引きちぎる。
「美菜子、何してる。止めろ!」
「平塚君は黙って。ねぇ、ゴミ。平塚君が、あんたのせいで、こんなブスを好きになったらどう責任を取るの?それにさ、あんたが居ると皆迷惑なの。だからさ、皆の為にも二度と学校に来ないでくれる?それが嫌なら、このブスと同様にアンタを殺す。」
俺は初めて、コイツを殺したいと思った。俺を馬鹿にするのは別にどうでもいい。慣れている。だが、今回は違う。俺の愛する大沢を痛めつけ、侮辱した。許さん許さん許さん許さん許さん許さん許さん···············。
「おい、蛆虫。平塚君に謝れよ。」
「あ?今、なんつった。」
「蛆虫。平塚君に謝れ。それとも蛆虫は謝る事すらできないのか?これだから害虫は。」
井園は、美菜子を睨む。蛆虫と言われ、キレた美菜子は、顔を真っ赤にし、井園に殴り掛かる。
「んだとテメェ!害虫はそっちだろ。殺すぞ!」
「井園君こっち!」
大沢は、井園の手を引っ張り観覧車に乗り込む。2人は手を繋いだまま、座席に座る。
「危なかったよ。もう少しで殴り合いになるところだったんだから。」
「大沢さん、ごめん。俺のせいで。」
「別に謝らなくて良いよ。あれは、美菜子の方が100%悪いし。ねぇ?何であんな事言ったの?」
「アイツは大沢を侮辱した。だから許せなかったんだ。」
「大沢って、ユリガルの大沢?」
「あぁ。もしかして、大沢さんもユリガルやってるの?」
「うん。やってる。」
そっか。井園君も美雪が好きなんだ。なんだか嬉しい。
「キモイよな。2次元の子を馬鹿にされたからって、キレるなんて。しかも、女子相手に。ほんと、どうしようもない人間だよ。俺って奴は。橋平さんの言う通り、俺は害虫なのかもしれない。」
「そんな事ないよ!井園君は、キモくないし、どうしようもない人間じゃない。さっきのは、ちょっと言い過ぎだけど、その子の為に怒るって、本気で愛してる証拠だよ。立派な事だよ。むしろ誇るべきだよ!」
少なくとも私は、井園君を害虫とは思わない。あなたはとても優しくて、素敵な人間。こうやって、初めてちゃんとお話をして改めて分かった。あなたは私の事が嫌いでも、私は、あなたが好き。怖くて言葉にはできないけど、この気持ちは伝わってほしい。
大沢は、井園の手を強く握る。井園は、ずっと下を向いていたが、恐る恐る大沢の顔を見る。大沢は、目をそらすこと無く、じっと井園の目を見ていた。
俺は、初めて大沢と会話をした。彼女との会話がこんなに心地いいとは。俺は大沢が好きだと。この目も、この声も、ひんやりとした小さな手も、大沢の全てが好きだ。彼女は俺を嫌ってるはずなのに、慰めてくれている。もしかして、俺の事·····。いや、そんな訳ないか。大沢さんは誰にでも優しいからな。他の人にやってる事を俺にもしてるだけ。ただ、それだけの事。彼女の言葉に俺への愛は1ミリも無い。それでも、この時間が永遠に続いたらどれだけ良いだろうか。それだけが脳裏によぎる。俺は、本当にどうしようもない人間だ。だから、つくづく思う。俺は俺自身を殺したいと。
第6話「それでも私は許せない。」~完~
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