第3話「退屈な1日は無い。」

  俺にとって授業とは、大沢を見ることが出来る最大の言い訳だ。普通、大沢を見ていると、「キモ。」だの「ストーカー。」だの言われたりする。しかし、授業となると別だ。授業は前を見る。後ろを見たりする者は居ない。よって、合法的に、大沢見放題という訳だ。特に、大沢は、授業に積極的だ。よく前に出て、黒板に答えを書く。その分、大沢を見る事が出来る。俺の隣の席の陽キャ共は、寝てたりするが、実に勿体ない。こんなにも間近で大沢を見る事など、そうそう無い。

しかし、これには大きな欠点がある。授業に集中できないと言う点だ。理由は至ってシンプル。大沢に夢中になってしまうからだ。大沢に夢中になる。=授業の内容が入ってこない。だから、いつまで経っても勉強ができないのだ。


「んじゃ、次の問題をだな。今日は、3日だから、出席番号3番井園。この問題を解いてみろ。」


 でたよ。自主的ではなく、今日の日付で選ぶやつ。たまに、今日は3日だから、3日が誕生日の人!とか言って、当てたりする先生も居るけど。全く、これだから授業は⋯⋯。いや、待てよ。これこそアピールできるのでは?俺は、知性がある!と、思わせれば、アピールできる。ついでに、「この問題分からないんだけど?」が聞きやすくなる。大抵、「この問題分からない。教えて?」は、陰キャにとって、好きな異性と会話するのに必要なアイテムだ。分かっていてもあえて分からないと言えば、教えてくれる。つまり、これで会話が増える。それにより、勉強会なんかに呼ばれたりする。この、「この問題分からない。教えて?」は、「明日の授業なんだっけ?」「今日って、宿題あったっけ?」と並び称される陰キャ3種の神器の1種だ。「宿題見せて?」も入ると思ってる人に言おう。「宿題見せて?」は、ハードルが高ぇ。あんなの陽キャが言うセリフだわ。そもそも、声をかけるのにめっちゃ勇気いるのに、異性の私物を借りるなど、スライムでラスボス倒すぐらい難易度が高い。まぁ、御託はこれぐらいにして問題を解くか。なになに?答えを元の式に戻せ?んなの簡単じゃん。俺でも分かる。これをこうしてあーすると、ほら出来た。


「正解だ。みんな拍手。」


 しかし、誰1人として拍手する者は居なかった。井園は、大沢が何をしてるのか気になり、視線を向ける。大沢は、必死になって鉛筆を削っていた。


 やっぱりそうだよな。眼中に無い奴の解答なんて興味無いよな。何で、大沢から拍手が貰えるかもって期待したんだろう。バカみたい。


  1日の授業が終わり、部活の時間となった。グラウンドで運動系の部活がランニングを始める。井園は、正式な部活には入っておらず、いつもこの時間になると、グラウンド近くの花壇で水やりや、草取りを行う。なぜ、そんな事をしているのかと言うと、中等部の頃まで遡る。


  そもそも、 白鷺学園は全国でも珍しい、中高大一貫だ。井園は、中等部時代、穏やかな日々を過ごしていた。しかし、ある日の事。井園は、あろうことか1人の男子生徒を殴ったのだ。その時の罰として、花壇の掃除と水やりをさせられた。期間は最初1週間だったが、井園本人から、


「今いる美術部を辞めて、高校卒業までコレをやらせて下さい。」


と、申し出があった。先生は不思議に思い、理由を聞く。


「人を殴った不良が美術部に居ても、居づらいし、他の部員の迷惑になる。他の部活に変えても、そっちでも迷惑をかける。だったら、清掃活動の方が、誰にも迷惑をかけないし、先生方の手間も省けると思うんです。」


  との事だ。それからというもの、毎日花壇の水やりや、草取りを行うようになり、現在に至るという訳だ。

井園は、いつも通り、花壇に水をやっていると、鉛筆が落ちていることに気づく。


  ん?何で鉛筆が落ちてるんだろう?この鉛筆って、授業中大沢が持っていたような。いや、授業中に誰か落としたのかもしれない。大沢の鉛筆という証拠はどこにもない。ここは職員室に届けるべきだ。


  井園は、職員室に行き、鉛筆を渡す。渡し終えたら、再びグラウンドに出て、水やりを再開した。しばらくの間水やりをしていると、頭上に何か落下した。井園は、それを拾う。


「ん?消しゴム?たしか、上から落ちてきたよな?上は美術室だけど、新手のイジメか?」


  井園は、上を見上げると、1人の女子生徒が手を振る。


「おーい。井園君。そこに消しゴム落ちてない?」

「畑中先輩。もしかして、これですか?」


  井園は、先程落ちてきた消しゴムを見せる。


「ごめんごめん。ちょっとふざけてたら、落ちちゃって。ちょっと、こっちまで持ってきてくれる?」


  井園は、消しゴムを渡しに2階の美術室まで持っていく。


「失礼します。畑中先輩に用があって来ました。」


  井園は、美術室に入る。しかし、畑中の姿はなく、うつ伏せの状態で黙々と絵を描いている女子生徒が1人居るだけだった。


  あれ?畑中先輩は?どこ行ったんだろう。あの子に聞いてみたいけど、集中して絵を描いてるみたいだし、あんまり邪魔したくないなぁ。


  井園は、美術室から去ろうとすると、絵を描いていた女子生徒が声をかける。


「畑中先輩なら、美術準備室に居るよ。でも、今着替えてるみたいだから、着替えが終わるまで、待ってたら?」

「じゃぁ、待ってます。」


  井園は、椅子に腰をかけ、何も無い廊下を眺める。


  あの子。どこかで聞いたような声だなぁ。何か見た目も大沢っぽいし。


「井園君。何で美術部に来なかったの?中等部の時、美術部だったじゃん。」


  やっぱり聞き覚えのある声だ。しかし、人違いの場合もある。もし、本当に大沢だったら、なぜ美術部に居るんだ?てっきり、運動系の部活に入部してるのかと思ってた。


「ちょっと中等部の頃。色々ありまして。」


「でも、今は高等部だよ?いつまで過去を引きずってんの?」


  彼女は、笑いながら話す。筆は動かしていないのに、それでも彼女はうつ伏せの状態だ。まるで、意地でも素顔を晒さないようにしてる。そういう風に感じとれた。


「ごめんごめん。井園君。待たせちゃったね。」


  美術準備室から、体操服を着た畑中が姿を現す。


「いやぁ。体育の補習あるのすっかり忘れてた。」

「あっ。これ。消しゴムです。」


 井園は消しゴムを渡す。


「おう。サンキューな。」

「それじゃ、失礼します。」


  結局。井園は、大沢かどうか確かめることなく、美術室を後にした。


  もし、本当に大沢だとしたら、何故、顔を伏せる?俺が好きだから?いや、それは無いな。いくらなんでも自意識過剰すぎる。あっ、そうか。その逆だ。俺の顔を見たくないから、伏せてるのか。それなら、色々と辻褄が合う。大沢。そんなに、俺の事が嫌いだったのか。何でだろう。告っても無いのに、既にフラれてたのか。最悪だよ。チャンスなんて最初から無かったじゃん。

大沢の気持ちなんて、知りたくなかった。でも、嫌いなら、はっきり言って欲しかった。態度じゃなくて言葉で、俺を傷つけて欲しかった。それでも、俺は、どうしようもないぐらい彼女が好きだ。


 井園は、誰も居ない校舎裏で1人涙を流した。


第3話「退屈な1日は無い。」~完~


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