第27話 9月20日
いつの間にか寝落ちをしていて、気が付けば朝になっていた。昨夜も夢を見なかった。やっぱり今までのあれは、ただの夢だったのだろうか。そう思うと、何もかもが馬鹿馬鹿しく思えた。
俺の夢で見た人物のそっくりさんが、たまたま転校してきてきただけ。正木先輩が亡くなったのも、ただの事故。第一、あれだけ図書館で調べても、戦国時代に更姫や喜多倉家なんて存在しなかったじゃないか。井原椿が殺されるかもって俺たちが勝手に思って、盛り上がっていただけのことだ。井原が受けた嫌がらせだって、美人の彼女に嫉妬した誰かが、ちょっと脅かそうとしただけの話かもしれない。
だいたい、人間に前世があるなんて、今まで誰かが証明したか? 時々、物語や映画でそう言った類の話はあるが、俺の周囲で自分の前世は○○でした。なんて言った人間がいたか? そうだよ、全てただの夢だったんだ。俺たちが勝手に騒いでいただけなんだ。
そう思う方がしっくりと腑に落ちる気がした。
一人で登校して教室に入る。シゲは相変わらず井原を中心とした女子数人と話していた。
奴の姿をなるべく視界に入れないようにして席に着いた。鞄の中身を出して、読む気もないのに教科書をパラパラと捲る。こんな時に手にしたのは日本史Bの教科書。何気なく開いたのは、よりにもよって戦国大名のページ。だから、これはなんの罰ゲームだよ。乱暴に教科書を閉じて、机の中に突っ込んだ。それなりに大きな音がしたが、俺の行動なんて誰も気にしなかった。
昼食はまた藤川と食べた。周囲の視線が痛い。明らかに俺たち怪しまれているぞ。まぁ、藤川は可愛いからいっか。このままの成り行きで付き合いだすとか、悪くないかも……。でもこいつ、性格が難ありだよな。目の前で弁当を食べている藤川瑠璃を見ながら、あれやこれやと考える。デートはどこがいいかな。一緒に帰ったりするかな。藤川はバス通学だから、下校はバス停まで一緒に歩けるな。宿題はどこかで一緒にやろう。彼女がいるって毎日が楽しいんだろうな。
「江口君も早く食べなよ」
ニヤニヤしている俺を見た藤川は、箸を止めて不思議そうな顔をする。
「あ、ああ。そうする」
我に返った俺は変な汗をかいていた。思わずきょきょろすると、無駄にでかいシゲの姿が視界に入った。奴は井原椿や斎藤千鶴、藤永秀大や他数人の男女と一緒に机を囲んで弁当を食べていた。
奴は俺の知っているシゲではなかった。あいつは他の誰かだ。あいつがやっぱり犯人かもしれない。でも、もう俺にはどうでもいい事だ。俺は卵焼きを口の中に放り込んだ。少し焦げた卵焼きはいつもより苦かった。
「おい、江口」
下校時間、廊下を歩いていると背後から声がした。振り向くと、前田先生がこちら向かって歩いて来た。
「お前たち、仲間割れをしている場合じゃないぞ」
仲間割れ? もうどうでもいい事だ。目の前に立った先生と向きあうと、先生は厳しい表情で俺を見据えた。俺も負けじと先生を睨み付ける。
「仲間割れ何も、俺には関係のない事です。だってそうでしょう? 前世なんて本当にあったかどうか……そんな不確かな事にこれ以上振り回されるなんてゴメンです。俺はもう何も知りません。先生たちで勝手にやってください」
ぶっきらぼうに答えると、先生は徐に俺の両肩に手を置いた。うざいなぁ。顔、近すぎるんだけど。
「お前、それでいいのか。本当に後悔しないのか」
俺の両肩しっかりと掴んで揺さぶりながら、先生は強い口調で言う。
「後悔もなにも、初めから何もなかったんだよ。そこまで言うなら犯人は誰だよ。知ってるんだろう?」
先生の両手を振り払い、吐き捨てるようにった。思いのほか、大声になってしまった。
「奴はお前の知っている人間であって、知っている人間じゃない。今大切なのは彼女を守る。それだけだ」
俺の声に動じることなく、先生は冷静に答えた。
「はぁ? 意味が分からないよ。あ、分かった。シゲが犯人ですか。それで俺に見張っていろと。それならもう無理です。あいつとは友達でも何でもないんだから」
「いや、上田は……」先生がそこまで言った時、
「どうしたんすか、二人とも」
どこにいたのか、俺の大声に気が付いたみっちゃんが心配そうに駆け寄って来た。
「江口が最近、部活をさぼり気味なんで注意していた所だ。全く言い訳ばかりしやがって。言い訳していいわけないだろ、なぁ国島」
前田先生はいつもの担任の顔になり、よく分からないダジャレを口にして、みっちゃんを見た。みっちゃんは(言い訳といいわけ)という分かりにくいダジャレに気が付かないようだった。
「そうなんですよ。こいつ部活サボって内緒で楽しい事やってるみたいなんですよね。3年生が引退したから、これからは俺たちの時代なのに」
みっちゃんは真面目に答えていた。先生は何を言いかけたんだ。まぁ、俺にはどうでも良い事だ。
「別に好きでサボってないし。行きゃいいんだろ、部活」
不貞腐れた口調で吐き捨て、二人に背を向けた。「待ってるぞ」という二人の声を背に受けたが、それでも部活に行く気にもなれず、そのまま帰ることにした。
学校から出ると、シゲが正門の壁もたれかかり腕を組んでいた。どうやら俺が通るの待っていたらしい。
「お前はいつまでそうやって拗ねているんだ」
そのままシカトして通り過ぎてやろうと思っていたら、シゲは低い声をぶつけて来た。立ち止まり、しぶしぶシゲの方を向く。
「拗ねてねぇよ。それよりお前、いつの間に女子と話せるようになったんだ」
「姫を守るためには仕方のない事だ」
「仕方ないっていうわりには、ずいぶんと楽しそうじゃねぇか」
シゲはもたれていた壁から躰を起こした。ゆっくりと俺の前に歩を進めると、挑むようにまっすぐな視線をこちらに向けた。
「お前は本気でそう思っているのか」
「本気も何も楽しそうじゃないか。女子に囲まれて。姫を守る? たかが夢の中の出来事だろ。本当に起こるかどうかも分からないのに」
シゲは一瞬辛そうな顔をしたが、すぐにいつもの無表情に戻った。
「もういい。俺は俺のやり方で姫を守る。ただそれだけだ。もうあんなに辛い思いはしたくないからな。お前がやりたくないなら勝手にしろ。俺を疑うなら疑ってろ。お前がいなくても一人で孝姫を守る」
言いたいことだけ言い放って、シゲは背を向けると、家とは反対の方向に歩き出した。あっちは井原の家がある方角だ。見ると、ずっと先にこちらを見ている井原椿の姿があった。シゲを待っていたのか。また二人で一緒に帰るのか。勝手に前世ごっこやってろ。
だいたい何だよ、『あんなに辛い思い』って。格好つけて……『姫を守る』だと? 勝手にナイト気どりやっていりゃいいんだよ。
そういえば俺は姫が亡くなった姿を見ていない。この二日間夢すら見ていなかった。シゲは更姫が亡くなった日の夢を見たのだろうか。
暗い気持ちを抱えたまま、とぼとぼと家路についた。
夢を見るのは数日ぶりだった。
兼成と茂勝が一つの布団を挟み座っていた。彼らが見つめる布団には目を閉じて横たわる更姫。白い肌は透き通るほど美しく、閉じた瞼から覗く睫毛は長い。布団に横たわっている更姫は眠っているのではない。彼女は亡くなっていた。
「まるで眠っているみたいだな。そうは思わないか、茂勝」
俺、兼成は涙を堪えながら言っている。
「ああ、そうだな。それでも……更姫様はお隠れになられたのだ。これが現実だ、兼成」
「誰が更姫様をこんな目に。これからどうすればいいのだ。姫の祝言も近いというのに。ましてや輿入れの最中にこのような事」
「更姫様……」
「更姫……」
それから、二人の男はそれぞれに声を押し殺して泣いていた。
その様子を見ている俺は胸が締め付けられる思いだった。更姫が亡くなった。それも、共に行動していた自分たちがふがいないせいで、誰かに殺された。
実際に体験していないのに、そこにいる兼成の気持が痛いほど伝わって来た。悲しくて、やるせなくて、もどかしくて。更姫の笑顔はもう二度と見ることはできない。月を見るたびに故郷を思い出すと言った姫は、目の前でただの美しい人形のように横たわっていた。幼い頃から共に過ごした大切な人。守れなかった。愛しい人を守れなかった。悲しみがじわじわと俺自身の中に刻まれていく。夢の中で過去と現在がぐるぐると混ざり合っていた。
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