第21話 9月16日(1)

 朝、シゲにこの話をしようかどうか迷った。実は俺が犯人かもしれないと話せば、シゲはどんな顔をするだろうか。

 いや、でも昨日の事件はどう説明するんだ。俺には共犯がいるのか。それとも幽体離脱ができて、別人格が行動するのか。まさかな。前世の罪は問われないとして、俺の中の別人格がもしも井原を殺してしまったら、俺は逮捕されるんだろうか。


 色々考えたが、やはり黙っていよう。だいたい、どうして俺が彼女を殺さなきゃいけないんだ。好意こそあれ、恨みなんて一つもないぞ。いや、もしかしたら、俺の前世は殺人鬼で、ただ彼女を殺したかっただけとか。あの時代、更姫以外にも被害者がいたとか。俺たちの夢には出てきていないだけで、若い女が次々に殺される事件が起こっていたとしたら。

 昨夜見た夢と俺の仮説をシゲにすれば、俺が無意識のうちに井原を殺さないようにとあいつは24時間監視するだろうか。俺の家で寝泊まりとか始めたら嫌だな。

 シゲに監視されるなんて真っ平御免だ。もしも俺が犯人なら、殺人を犯さないように自分に言い聞かせればいいだけだ。俺自身の中にある何かが井原を殺そうとすれば、俺は全身全霊でそれを止めればいい。井原に近づかないようにすればいい。

 そんなことを考えていると、自分の中に眠っている殺人鬼が笑った気がして、身震いをした。


「今日のお前、変だぞ」

 さすがにシゲは鋭い。登校中、一言も喋らない俺を見てシゲは眉を顰めた。しかし簡単に白状する俺ではない。

「疲れてるんだよ。昨日はあんな事件があったし、毎晩変な夢ばかり見るし、今朝から風邪気味だし……」

「保健室で休んだほうが良い。井原は俺が見ている」

「ああ、そうだな」

 俺は曖昧に返事をした。

「おはよう! お前たち、早く行かないと遅刻するぞ!」

 背後から騒がしい声がして、みっちゃんが自転車のベルを鳴らした。

「ああ、みっちゃんか。おはよう」

「どうした? 江口、朝から元気ないなぁ」

 みっちゃんは自転車を降り、不思議そうにシゲを見る。シゲは分からないというように首を振った。言えるわけないだろ。前世で人を殺したとか。もしかしたら殺すかもしれないとか。

 学校までは、ほとんどみっちゃんが自転車を押しながら一人で喋っていた。正門をくぐったところで、みっちゃんが「おい、あれ!」と指さす。ふと見ると、前田先生が渡り廊下の所であずさちゃんと真剣な顔で話をしていた。

「最近よく見るよなぁ、あの二ショット。あずさちゃんは、ああいうう男がタイプなのかな」

 がっかりしたような声で、みっちゃんが項垂れる。

 

 廊下で話し込んでいる二人の姿を見つめた。前田先生は、中庭の方を指さしていた。いつものふざけた様子は微塵もなく、真剣な顔つきだ。あずさちゃんも頷きながら中庭に顔を向けていた。確か中庭は、園芸部が花壇を作っていたはずだ。花を見ながら密会でもでもするつもりなのか? 絶対に怪しい。いや、今一番怪しいのは俺か。

 つい、深いため息が漏れる。怪訝な顔で俺を見るシゲの視線が痛い。


 教室に入ると、ついつい彼女の姿を確認してしまった。井原椿は一人で席に着き、読書をしていた。もしかしたら、俺が殺したかもしれない。そう思うと直視できなかった。

 井原、学校に来れたんだ。大したことなくて良かった。斎藤が井原の机に近づいて話しかけている。二人は楽しそうに談笑していた。斎藤、記憶は戻ったのかな。彼女の腕には包帯が巻かれていた。井原を守ろうとして怪我したからな。本来なら俺たちが守るべきだったのに。いや、俺は容疑者の方だったんだ。

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