第17話 9月13日

 登校中、もう少しで学校に着くというところで俺はシゲに聞いた。

「シゲ、お前の夢の中に僧侶はいるか? 左手に痣がある奴」

「痣のある僧侶か……」

「お前たち、何こそこそやってるんだよ」

 俺たちが真剣に話していると、背後から自転車のベルが鳴った。みっちゃんが自転車から降り、ハンドルを押して俺たちの間に割って入った。

「いや、別に何もしていないよ。ちょっと忙しんだよ。色々とな」

「まさか、正木先輩を殺した犯人を捜しているとか?」

 冗談めいた口調でみっちゃんが言った。『正木先輩を殺した犯人』そのセリフを聞いた俺は、思わずみっちゃんの肩に掴みかかっていた。

「なんで先輩が殺されたって思うんだ。校長は事故か自殺って言っただろ。思い当たることがあるのか。あるんだろ。先輩を殺したやつを知っているんだろ」

 思いがけず大声が出た。登校中の生徒や通行人が俺たちに不審な目を向けている。みっちゃん自身も、ものすごい勢いで問い詰めた俺に驚いて後退りをした。

「おいおい。何、怖い顔をしているんだよ。お前たちがこそこそしているから、正木先輩のことでも調べているのかと思っただけだよ。何でそんなにムキになるんだよ」

「いや……正木先輩にはいろいろ世話になったし……」

 冷静さを取り戻した俺が言えたのは、そんな言葉だった。俺の言葉を信じたのか、みっちゃんもしみじみと天を仰ぐ。

「そうだよなぁ。正木先輩、良い人だったよなぁ。俺はよく試合中に失敗していたから『おまえは何時も肝心な時に』ってよく言われたけどさ。甘い物くれてフォローもあったし、あったかい人だったよな。俺に出来ることがあるなら手伝わせてくれよ」

「ああ、でも俺達が昨日いくら調べても、亡くなった真相は何一つ分からなかったんだ」

 とっさに嘘をついた。しかしみっちゃんは俺の言葉を鵜呑みにして、寂しそうな表情のまま言った。

「そうか……茶化して悪かったな」

 みっちゃんはどこまでもみっちゃんだった。彼はきっと前世の記憶もないのだろう。あればすぐに俺達に伝えるはずだ。シゲは俺たちの会話の間、何も言わず黙っていた。


「そうだ。今度、花火しようぜ。夏休みにお前たちとやろうと用意してたんだよ。ロケットだけじゃなくて手持ちもあるぜ。子供の頃みたいで楽しいだろ」

 みっちゃんは唐突にそう言って、寂しそうな表情から一転、笑顔になった。

「花火? もう9月だろ。こんな時期に花火する奴なんていないよ」

「線香花火もあるんだ。正木先輩の供養になるんじゃないかと思ってさ」

「線香と線香花火は違うだろ」

 呆れた声で言うと、みっちゃんは「でもなぁ」とあれやこれやと花火の計画を立てている。しかし、肝心のライターが家の中に見当たらないらしく、俺に用意しろとしつこい。ライターくらい、どこにでも売っているだろ。今はそれどころじゃないんだよ。俺は『時間があればな』と適当に答えた。みっちゃんは一応納得したようだった。シゲは相変わらず何も言わない。


 正門を通り、下駄箱の所でみっちゃんと別れたのを見計らってシゲが呟いた。

「さっきの話だが、俺の夢にも僧侶が出て来た。名前は確かじん法師ほうし

「ああ、そんな名前だったな。あの左手の痣、どこかで見た気がするんだよ」

「あれは担任の前田先生だ」

「前田先生?」

 思わず鞄を落としそうになった。

「ああ、間違いない。前田先生の左手首に同じ痣があったんだ。俺は夢の中で顔をはっきりと見た」

 あのダジャレしか言わない前田先生が仁法師。なんだか俺の夢に出て来た人物とは雰囲気が違うんだけど。でもシゲが顔を見たのなら間違いないのか。

「あと夢の中で……」

 シゲが何かを言いかけた時、藤川瑠璃が俺たちの先を歩いて教室に入って行く姿が見えた。いつものような快活さはない。

「だが今、一番怪しいのは藤川だ」

 言いかけた言葉を飲み込んでシゲが言う。

「そうだな。藤川を監視するか」

 休み時間、藤川は一人だった。井原が来るまでの藤川は、数人の男女の中心でいつも笑っていたが、今はその影もない。

 

 放課後、藤川はあっさりと尻尾を出した。生徒達が教室からばらばらと出て行く。藤川はずっと席に着いたままだった。不審に思った俺たちは一度、帰るふりをして教室を出て廊下からそっと教室の様子を伺った。また掲示物を破ろうとしているのか、それともクラス全員の机でもひっくり返すのか。自分の席にじっと座っていた藤川はあたりを見回し、意を決したように立ち上がった。手には何か封筒が握られている。封筒の中にカミソリでも入れているのか。彼女は井原の机の前に立った。

 俺はシゲに目で合図をして、取引現場を押さえた刑事の如く教室に踏み込んだ。

「そこまでだ。やっぱりお前か」

「あんたたち……」

 突然現れた俺達に驚いて、藤川は呆然と立ち尽くしている。

「犯人はお前だったのか。お前が正木先輩と姫を殺したんだな。先輩もお前が相手だったら油断するだろうし」

 俺は単刀直入に言って、藤川に詰め寄った。

「はぁ? 殺した? 何を言ってるのよ。あたしが誰を殺したって言うのよ。あたしはただ、井原椿が嫌いなだけよ。いつも澄まして、みんなにちやほやされて」

 藤川はさっと封筒のようなものを背後に隠した。俺は咄嗟に手を伸ばして、それを奪い取った。

「ちょっと、返してよ。何するのよ」

 取り返そうと抵抗する藤川を無視して、封を開ける。中にはパソコンで入力された文字が並んでいた。

『井原椿 お前はこのクラスの疫病神。お前が来てからクラスで変な事ばかり起こる。全てお前の責任だ。本当はクラスのみんな、お前が嫌いだ。もう二度と学校に来るな。この学校から出て行け。どこかに転校しろ。クラス一同』

「なんだよこれ」

 俺は顔を顰め、隣にいるシゲに手渡した。シゲは表情を変えず、文面を目で追った。

「何ってわかるでしょ。脅迫文よ。机の中に入れようとしただけ。あの子がこれを読んで、本当はみんなに嫌われているって思って、学校に来なくなったら良いかなって。あの子が来るまではあたしが一番だったのに。あの子が来てから、あたしのポジションないじゃない。あたしのキラキラした高校生活を返してほしいわよ」

 特に悪びれる様子もなく藤川は言った。なんなんだ、この女は。

「あのなぁ、そんなことして何になるんだ。世の中には可愛い子が沢山いるだろう。お前はそのすべてを抹殺するのか。自分よりちやほやされたからって、それがなんだよ。俺だってな、シゲがちょっと俺よりイケメンだから、結構つらい目に遭っているんだぞ。でもほらこうやってシゲとはダチだし、それでシゲに何かしてやろうって思わない。俺は俺で良い所あるんだし……って自分で言うのはおかしいか。でもな、考えてもみろ。お前のやっていることはだな……」

 俺が熱弁をふるっていると、突然シゲが俺の前に立ち、藤川と向き合った。

「こんなバカなことはするな。せっかく可愛い顔なのに勿体ないぞ」

 突然目の前に現れたシゲに驚いたのか、藤川瑠璃は口をポカンと開け彼を見つめた。

「上田君って喋るんだ……。って、今、可愛いって言った? あたしの事、可愛いって言った?」 

 藤川の目にはシゲしか映っていない。おまけにとても嬉しそうだ。あの、俺もいますけど。

「心が醜い人間は一番見ていられない」

 シゲが低い声で言った。

「そ、そうよね。上田君がそう言うなら、やめようかなぁ」

「なんだよそれ」

 俺は不貞腐れた。俺の熱弁はスルーかよ。

「そう言えば、藤川は夢は見るか?」

 不貞腐れている俺をよそにシゲは尋ねる。

「夢? ああ、昨日は推しの夢を見たけど、何? 夢占いでもしてくれるの?」

「いや、何でもない」

 シゲはそれだけ言うと、封筒と手紙を俺に差しだし、教室を出て行った。

「えっと……上田君?」

 ポカンとした表情で、藤川が首を傾げる。

「あいつの性格、ホント変わっているから気にするな。突然、妙なこと言うんだよ。いいか、もうこんな真似するなよ。今までの事も黙っててやるから」

 俺はそう言って手紙を藤川に押し返した。

「今までの事? そんなの知らないわよ。みんなの持ち物が無くなったことだって、掲示物が破られたことだって、あたしは本当に何もやってないわよ。でも……ありがとう」

 気まずそうに、藤川瑠璃は手にした手紙を封筒ごとクシャリと握りつぶした。

「それより、姫とか正木先輩とか何? あたしには、何のことか分からないんだけど。あの亡くなった先輩は、事故じゃなかったの?」

「いや何でもないよ。分からないなら忘れてくれ」


 藤川瑠璃と前世は関係ないようだった。今現在、藤川瑠璃は井原椿を妬んでいる。それだけの事だ。あいつ、他の事はやっていないって言っていたな。嘘をついているようには見えなかった。もともと気が強く、何でもストレートに言う藤川が犯人なら、あの場で全てぶちまけるだろう。でも、あいつ以外、誰があんな事するんだ。他にも井原を恨んでいる奴がいるのか? 

 俺は前世にとらわれすぎて、今の生活を忘れていた。今現在の井原椿を恨む人間がいたとしても何の不思議もないのだ。俺自身、前世と現世がごっちゃになって、こんがらがってきたようだ。


 藤川の疑いが晴れた俺たちはファーストフード店にいた。国道沿いにあり、駅が近いこの店には、他校の生徒が寄ることが多い。小学校も中学校も徒歩圏内だった俺は、自転車や電車通学に少し憧れていた。中学3年生の時、少し遠い高校を受験しようかとも思ったが、結局家から一番近い高校が自分の成績的にも家の経済的にも一番合う高校だった。

 店の前に雑然と止められた自転車を見て、俺は思った。もしも自転車通学だったら、違う高校に通っていたら、こんなやっかいごとに巻き込まれなかったのかもしれない。もしかしたら彼女がいて、自転車を並進して、たわいのない話をしながら帰っていたかも。いや、それはないか。

 どんな妄想も、今の俺には縁遠い話だ。少し先を歩き、無言で店内に入るシゲの広い背中を見て、軽く溜息をついた。

 この時間、制服姿の高校生が多く、店内は比較的混んでいた。高校の制服見本市のように様々な高校の生徒がいた。


 注文を終え、商品を受け取った俺とシゲは窓際の空いている席に座った。

「更姫を殺したのは藤川ではなかったみたいだな。井原椿が嫌いなんだろうが、嘘をついているようには見えなかった」

 目の前にある飲み物の容器についた水滴を見つめて俺は言った。

「朝、言いかけた事だが俺は僧侶と一緒にいる女中が怪しいと思う」

 席に着くなりコーラをずずっと飲んだシゲは、ストローから口を離して言った。

「女中? 確かに僧侶と親しげにしていた女中がいたな。あの僧侶、女といちゃついてふざけてるよな。ああ、前田先生もくだらないダジャレばかり言ってふざけているから、今も同じか」

「あの女中は結城先生だ」

「あずさちゃん! 本当きゃ?」

 思わず大声が出た上に声が裏返り変な発音になった。思わず辺りを見るが、みんな自分たちの世界に存在する人たちの話題に夢中で、俺の変な声には気にも留めていないようで安心した。

「ああ。夢で顔を見たんだ。確かに、あの二人はただならぬ関係という感じだった」

 こちらの男も俺の変な声に何の反応を見せず、冷静に言った。

「あの二人がねぇ」


 以前に自分が見た夢を思い出す。確か仁法師が女中の髪を撫でていた。あの様子は確かに怪しかった。二人はデキているのか。今もなのか? それはそれで許せない。あいつら、何を企んでいるんだ。

「前田先生とあずさちゃんの二人が共謀し、更姫を殺したという線もあり得るな」

 俺の推理にシゲは頷いた。

「更姫に直接恨みはなくても、喜多倉家に恨みがあったのかもしれない。恨みなんていつの世のどこにでもあるものだからな」

 冷めてしまったポテトに手を伸ばし、シゲは続ける。

「だが……現在の井原には関係ないことだ」

「そうなんだよな」


 それは俺もずっと引っかかっていた。数百年前、更姫が誰かに殺されたとする。それが恨みなのか偶発的なものなのかは分からない。しかし、なぜこの世でまで井原椿は命を狙われるんだ。あいつがそこまで誰かに恨まれるとは思えない。美人と言うだけで恨まれることはあっても命までは狙われないと思うが……色々考えた俺はあっと閃いた。

「あのさ、俺、思ったんだけど。井原椿は実は超人的なパワーを持っているとか。例えば変身できるとか」

 俺は脳裏に浮かんだストーリーをシゲに説明した。

 

 数百年前、更姫を殺した前田先生とあずさちゃんは邪悪な力を持って生まれ変わっている。しいて言えば、地球を滅亡できそうなくらいの……反対に更姫はそれを鎮めるパワーを持って井原椿として生まれて来た。だから命を狙われている。ただ、彼女はまだ、自分の特殊能力に気が付かない。二人は井原が自分の能力に気づいた瞬間に殺そうとしているのかも。

 頭の中に邪悪な魔王、前田先生&魔女あずさちゃんVS正義の美少女、井原椿の構図が浮かび上がった。

「どうだよ、俺の推理」ドヤ顔で言い切った。

「その力が覚醒すると同時に彼女を殺そうとするわけか。しかし現実世界でそんな……」

「今、起こっていることだって、現実世界だろうが。俺たちが毎晩見る、妙な夢はどう説明するんだよ」 

 シゲはうーんと唸っている。結構いい読みをしていると思ったんだけどな。眉間に皺を寄せ、真剣に考えているシゲの顔は怖い。いや、悩んでいるんだろうけどお前、顔が怖すぎだよ。

「もういいよ、シゲ。お前、顔怖いし。とりあえず、俺が明日にでも先生たちに接触してみるから」

「いや、まずは彼女の身の安全を確保したほうがいい。下校中、誰かに突き飛ばされたことがあったと言っただろう」

「そうだな。学校以外で狙われる可能性もあるな」

 登校時間帯は出勤する人たちもいて犯人も手を出せないだろうが、下校時間は彼女が一人になる可能性もある。俺たちは明日から、井原が無事に家に帰るまでの間、彼女の安全を見守ろうと決めた。


 シゲと別れ、家に帰った俺はリビングにあるチェストの引き出しを開けた。ここに確かあったはずだ。みっちゃんとの話を思い出した俺は、制服のポケットに何げなくライターを入れた。九月に花火する奴なんて聞いたこともねぇよ。でも、やりたいな。花火。あの、くだらなくてふざけていた毎日はもうかなり昔のように思えた。


 そして夜。また夢がやって来た。

 仮宿にしている屋敷の一室では質素な宴が催されていた。この中に知っている顔はいないか、俺はその場に居る人間を一人一人注意深く見た。

 国から同行した若者たちは数人で酒を酌み交わしている。誰が一番剣の腕が立つか、誰が一番女にもてるかと騒ぎながら大声を張り上げている。同じクラスの奴がいそうな気もするがはっきりとは分からない。

 各々の前には、見た目に美味しそうとは言えない地味な色合いが並んでいた。野草のお浸し、芋、麦のようなもの、木の椀に入った汁は味噌汁だろうか。

 兼成の隣には、隣国から来た供の者がいる。物静かで目立たない奴だ。男の顔を見たが、現世では見た事のない顔だった。兼成はその男と酒を酌み交わしていた。更姫の話をしているようだった。兼成は隣の男に更姫の人柄を延々と喋っている。相手の男は黙って兼成の話に耳を傾けていた。兼成は酔っているのか、先程から同じセリフを繰り返している。おいおい、しっかりしろよ俺。

「更姫様は本当に気立ての良いお方です。ですから何卒」

 何度目かの同じセリフを言って、兼成は男の盃に酒を注いだ。

「かたじけない」

 そう言って男は酒を飲み干した。

「姫様の事を何卒よろしくお願い申し上げまする」

 兼成が頭を垂れると、男は黙って頷いた。

 茂勝は正木先輩……英丸殿と話し込んでいる。英丸殿はほろ酔いで上機嫌だ。秀丸殿を見ると、正木先輩の事を思い出さずにはいられなかった。先輩は誰に殺されたんだろう。先輩は何を知っていたんだ。

 視線を移すと、仁法師が部屋の隅で黙って座っている。いつもの網代笠をかぶっていない。奴から醸し出す雰囲気はまるで違うけれど、あの顔はシゲの言う通り、前田先生だった。仁法師は酒も飲まず、ジッと前を見据えている。あいつは何を考えているんだ。やはり、今はこいつが一番怪しい。

 

 前田先生は現世に蘇った悪の魔王。きっと俺たちの世界を滅ぼすつもりだ。

「あいつの正体を暴いて、絶対に阻止してやる」

 夢の中、俺は小さな声で呟いた。



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