第16話 9月12日(3)

「怪しいと思う奴がいる」

 物思いに耽っているとシゲが突然口を開いた。我に返って、頭の中にあった苦い思い出を振り払った。

「シゲ、何か気がついたのか。さすがここはパワースポットだな」

 暗い気持ちをごまかしたくて茶化すように言った。

「いや、前からあいつが犯人じゃないかと思っていた」

 シゲが挙げた名前は、同じクラスの藤川瑠璃だった。井原椿が転校した初日、藤川は明らかに井原椿に対して敵対心をむき出しにしていた。その後も井原椿にきつく当たっている姿を何度も目にしている。最近、教室内で起こった事件も藤川が一番怪しい。

「でもな、藤川は夢に出てきていないぞ」

 夢に出てきた人物は注意深く見ているつもりだ。

「嫁ぎ先の正妻か他の側室かもしれない。それなら俺たちが会う事はないだろう」

「なるほど。自分の夫である殿様が更姫に夢中だとして、それが面白くなくて輿入れ前に誰かに命じて殺す。確かにありえるな。でも生まれ変わってもなお、更姫が憎いって……女の恨みはすごいな。藤川に直接、聞いてみるか」

 いきなり直球の質問をぶつければ、藤川が犯人かどうかわかるかもしれない。俺はそう思ったのだが。

「いや、様子を見てみよう。はぐらかされたらそれで終わりだ。明日から藤川の行動を監視する方が得策だろう」

「まぁ、お前が言い出したことだし、今回はその案に乗ってやるよ。そういえば、夢で十五夜に事件が起こるって聞こえたんだ。シゲ、お前はどうだ?」

「更姫が殺された日は十五夜だ」

「十五夜って9月か10月の満月の日だよな。確か団子とか飾って月見をするアレだろ」

「それは少し違う。十五夜は旧暦の8月15日。満月とは限らない」

「ああ、そうなのか。お前やけに詳しいな。それで、今年の十五夜はいつなんだ」

「9月21日。その日は十数年ぶりに丁度満月だ。俺の夢の中で更姫が殺された日は十五夜の満月だった」

「9月21日か、あと一週間だな」

 あまり時間がない。


 家に帰ると、壁に掛けたカレンダーの9月21日に赤いサインペンで丸印をつけた。この日までに何とか犯人を見つけなければ。おそらく犯人は、この日に更姫を殺害しようとする。早く『奴』を止めなければ。


 そして夢の中、昼間の城中。人目につかない回廊で話し込んでいる男女の姿が見えた。

 男の方は確か僧侶だ。喜多倉家の菩提寺の僧侶。俺たちと輿入れの道中を共にしている男だ。夢ではいつも網代笠を目深にかぶり顔が見えない。

 僧侶が話している女。確かあの服装は更姫の女中だ。後姿しか見えない。僧侶がそっと左手をあげて女中の髪を撫でた。なんなんだ、あの坊主。僧侶のくせに女中とできているのか。 

 その時、僧侶の左手に痣がある事に気が付いた。そしてあの痣をどこかで見たような気がした。

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