第12話 9月11日(1)
朝。いつものようにシゲと学校に向かった。昨夜の夢にみっちゃんが出てきたとシゲに話そうと思ったら、当事者のみっちゃんが血相を変えて駆け寄って来た。
「おい、お前たち大変だ。よく聞けよ」
みっちゃんは俺たちの前に立ちはだかり、肩で息をしていた。
「なんだよ。朝っぱらから騒がしいな。彼女でもできたか」
「ちがうよ。正木先輩が死んだ」
俺は頭の中でみっちゃんの言葉を反芻した。まさきせんぱいが、しんだ。死んだのか? 正木先輩が?
「みっちゃん、どういうことだよ」
「昨夜、屋上から落ちたらしい。発見されたのは今朝みたいだ。自殺じゃないかっていう噂も聞いたけれど、自殺する動機もないみたいだから、足を滑らせて落ちたのかも。それとも……」
みっちゃんは言い淀む。
「誰かに突き落とされたって事かよ?」
「そんなこと分かんないよ。俺だって今、聞いたんだから」
みっちゃんはどうやら、わざわざ俺たちに知らせに来たようだ。学校の方角から走って来たから、登校してこの話を聞いたのだろう。口をパクパク開けて、おろおろしている。『なぁ、どうしよう』とかしきりに言うが、俺に言われても、どうしようもない。俺だって、さっきから心臓の鼓動が早まっている。校内で知っている人が死ぬなんて、滅多にある事じゃない。そういえば正木先輩、井原椿に告白したのかな。俺の脳裏に正木先輩との会話が蘇った。
いや、待てよ。それって。
その時だった。
「姫が危ない」
シゲが呟いた。俺も今、同じ事を考えていた。もしも、先輩が前世を思い出したと仮定して、更姫を守るために屋上で犯人と格闘して、その挙句に転落したとしたら。先輩は前世で姫を殺した犯人を知っていて、その人間が井原の命を狙っていると気づいていたら。もしも、井原椿がその場に居たとしたら。
「ひめって何だよ?」
みっちゃんが怪訝な顔で聞いた。
「いや、こっちの話だ。シゲ、行くぞ」
俺たちは唖然としているみっちゃんを置き去りにして、急ぎ足で学校に向かった。井原椿はちゃんと登校しているだろうか。もしも欠席しているなら、学校に行っている場合じゃない。まずは彼女の無事を確かめないと。
学校に着くと、正門の横にはパトカーや鑑識車両のようなものが停まっていた。校舎前に張られた規制線の前では生徒が集まっていたが、すぐに、やって来た先生に追いやられていた。規制線が張ってある場所から考えると、正木先輩は正門から入ってすぐ目の前にある、5階建て校舎の屋上から落ちたらしい。普通科の校舎であるここなら、外階段を使って簡単に屋上へ行くことができる。屋上に続く鉄製のドアは、以前から鍵がかかっていない。少しコツを入れて押せば簡単に開くのだ。授業をさぼる奴の中には、あの場所で時間を潰していると聞いたことがあった。
正木先輩は、屋上で誰と会ったんだ。先輩に何があったんだ。
教室に入ると、正木先輩の話題で持ちきりだった。俺は井原椿の姿を探した。彼女は窓際で斎藤と談笑していた。見た感じ、少し元気がないような気もする。窓から差し込む光が、まるで彼女に後光がさしているように見えた。美しい姿に俺は思わずほぉと溜息をついた。
「とりあえず、大丈夫そうだな」
井原に見とれていた俺は、冷静なシゲの声で我に返った。
「あ、ああ。それより正木先輩は井原に告白したのかな」
「分からんが、彼女は何か知っているかもしれない」
「なんか、元気がないような気もするな。後で確認してみる。そう言えば、昨夜の夢にみっちゃんが出て来たんだよ」
「国島が?」シゲが怪訝な顔をする。
「俺たちと同じ、姫の護衛だった。でもな、腹をこわしてさ、途中で国に帰った。みっちゃんらしいだろ」
俺がそう言うと、シゲは相変わらずの険しい表情で答えた。
「なるほど。確かにそう奴がいたな。俺は顔も見てないし、話もしていないが。あれは国島だったのか」
シゲは静かに目を瞑った。何かを考えているようだった。まるで瞑想する僧侶のようだ。だから顔が怖いって。
担任の前田先生が教室に入ってきて、俺たちは席に着いた。
一時間目は予定を変更して全校集会になった。全校生徒の前に立った校長は、正木先輩が校内で亡くなったと説明した。校長の話ぶりでは、正木先輩の死は単なる事故で片付けられそうだった。先輩は何かの拍子で足を踏み外して、落ちた可能性がある。これからは屋上を閉鎖し、立ち入り禁止にすると続けた。
「みんなも危険な場所には安易に立ち入らないように」
細身で眼鏡をかけた校長は真面目な顔つきで、生徒に向かって呼び掛けている。
どうして先輩は屋上に行ったんだ。たとえ事故だとしても、一人で屋上なんて行くはずない。誰かに殺されたんだ。数百年前に更姫を殺した人物が、何らかの意図をもってこの世に転生して、また彼女を殺そうとしている。きっと先輩はそいつに殺されたんだ。
もしかしたら次に命を狙われるのは俺かもしれない。犯人は、あの時代から転生した人物を次々に殺して、最終的に彼女を殺す気なのかもしれない。俺は時空を超えたありえないことで想像を膨らませて悩んでいた。こんな話、誰に相談すればいいんだ。校長先生の話はまだ続いていた。
やはり井原椿に確認しなければ。正木先輩が彼女に接触したのなら、何か聞いているかもしれない。俺の見る限り、彼女は朝から元気がないように見えた。いや、いつも物静かなので、思い違いかもしれないけれど。
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