第11話 9月10日

 学校では特に何も起こらなかった。いや、何か起こってはいけないのだけれど。

 俺は毎日何をやっているのだろう。部活に顔も出さないのにくたくたに疲れていた俺は、重苦しい足取りで家に帰り玄関のドアを開けた。

「ただいま。お風呂沸いてる? 俺、もう寝るから」

「あんたもう寝るの? まだ八時よ」

 まるで小さい子供みたいだと母親に言われながら、俺は早々に部屋に行き布団にもぐった。


 今夜の夢は更姫の輿入れの道中からだ。菩提寺である寺で道中の安全祈願を行った後、更姫は輿に乗り、嫁入り道具と共に隣国へと向った。

 更姫は朧月の優しい明かりのように淡く微笑んでいる。俺たちは緊張した面持ちで、それぞれの持ち場についていた。


 しかし、道中が始まってすぐに問題が起きた。輿入れに帯同した家臣の一名が、体調を壊したのだ。食あたりだろうか、長身で細身の男が腹を抱えてしゃがみこんでいる。これではこれからの長い道のりに同行するわけにはいかない。長身の若者は早々に護衛のメンバーから離脱した。

 俺、兼成はその男に話しかけている。男は辛そうな様子で額に脂汗をかいて、俺たちに同行できない事を詫びていた。

 申し訳なさそう詫びるその男の顔……どこかで見たことがある顔だった。

「みっちゃんだ」夢の中で俺は呟いた。しかし俺の呟きは誰にも届かない。あいつは同級生のみっちゃん、サッカー部の国島光男だ。この先、更姫が殺されるというのに、腹なんか壊しやがって。俺は夢の中でみっちゃんに文句の一つも言いたいのだが、映画館のスクリーンと客席のような距離感がある夢の中では俺の声は誰にも聞こえなかった。

 英丸殿――正木先輩がみっちゃんに向かって説教をしている。

「おまえは何時も肝心な時に……」

 英丸殿の言葉にみっちゃんはうなだれて、ただ黙っていた。

 

 場面が代わり、みっちゃんは出立する俺たちを寂しそうな表情で見送っている。俺、兼成は『大丈夫だ。更姫様の事は任せろ』と彼の肩に手を置いた。みっちゃんはうなだれたまま、ぼそぼそと兼成に謝っていた。

 隣国までの道中は長い。日が沈めばどこかの屋敷か寺、あるいは旅籠に泊まり、翌朝出発する。俺たちは毎日、姫の護衛に精を出した。

「このまま無事に送り届ければ、もう二度と姫様に会う事はないな」

 ポツリと茂勝が言った。

「姫様はどこにいらっしゃっても俺たちの姫様だ。姫様は遠く離れた地からでも月を眺め、同じ月の下にある故郷を思い出すそうだ」

「そうか」

「俺たちは離れた地から姫様がお幸せになるように祈ろう」

「ああ」

 今回の夢はそこで終わった。

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