第9話 9月8日
クラスの中で不思議なことが起こった。みんなの持ち物が忽然と消えたのだ。まず最初に騒いだのは豊永だった。推しているアイドルの下敷きがないと、5限目が始まる前に騒ぎだした。すると今度は、斎藤が部活に使う柔道着がなくなっていると大声をあげた。
時間が経つにつれ、ノートがない、教科書がないと言い出す人間が現れた。俺とシゲは使いかけの小さな消しゴムという地味なものだったが、やはり忽然と姿を消していた。ノート、教科書、筆箱……人により無くなるものは違っていたが、その多くは他の教室内にあるゴミ箱から見つかった。
今日の昼休みは臨時の委員会活動があり、ほとんどの生徒が教室にいなかった。おそらくは、その時間に誰かがやったのだろうとみんなは口々に言い合った。斎藤の柔道着は、空き教室のロッカーに押し込まれていた。そして、クラスの中で唯一、藤川だけは何の被害もなかった。
井原椿は体操服が無くなった上に、通学鞄につけていたマスコットまで引きちぎられていた。
「井原、本当は忘れたんじゃなくて、盗まれたんじゃないのか」
下校前のHR、前田先生は切り刻まれた体操服が入ったビニール袋をクラス全員の前に掲げて見せた。井原は二限目の体育の時に体操服を忘れたと言っていたが、用務員さんがゴミの集積場で悲惨な状態の体操服を発見したらしい。鞄につけていたマスコットも、傍らに転がっていたようだ。
クラスは静まり返り、みんなが井原に同情の眼差しを向けている。
「井原さんの体操服は二限目の前から盗まれていたんだ」
「誰がこんなことしたんだろう」
「井原さんだけ、みんなよりひどい目に遭っているよね」
「かわいそう」
ひそひそと聞こえる声に、井原椿は恥ずかしそうに俯いていた。
「この件について、何か心当たりのあるやつは後で先生の所に来い」
厳しい表情で前田先生がみんなを見る。クラスがしんと静まりかえった。
「藤川さんが怪しいよね。一人だけ何の被害もないんだし」
静寂の中、斎藤千鶴が隣の席にいる女子に話しかけた。ひそひそと喋っているつもりだろうが、いつものように大きな声量で、藤川にはちゃっかり聞こえているようだった。
「勝手な言いがかりでしょ。あたしじゃないわよ。あたしがやったっていう証拠は? 証拠を出しなさいよ」
眉間に皺を寄せ、藤川瑠璃が大声を上げた。
「なくなった持ち物の指紋でも調べれば、ついているんじゃない。あちこちに藤川さんの指紋が」
斎藤も負けじと大声をあげる。
「じゃあ、指紋でも何でもやってみればいいじゃん。あたしじゃなかったら、斎藤さんは土下座しなさいよ」
ガタンと椅子が倒れる音と同時に藤川は立ち上がり、斎藤を睨み付けた。
「藤川さん以外に誰がいるって言うのよ。この前も井原さんのことをわざと突き飛ばしたじゃない。白状するなら今のうちよ」
斎藤も派手に椅子を倒して立ち上がり、藤川を睨み付けている。
「もうやめないか、二人とも」
前田先生が険しい顔で二人の間に割って入る。教室内は重苦しい空気に包まれていた。
そして夜。
夢がやって来た。これは姫が輿入れする前の夢か。兼成、茂勝、更姫の三人が歩いている。
どうやら城の外に出かけているようだ。どこまでも澄みわたる空は青く、高く舞う鳥達の声がのどかに響いた。
「気持ちいい」
空を見上げた更姫は空気を吸い込み、呟いた。
「随分歩きましたが、大丈夫でしょうか」
茂勝はきょろきょろとあたりを警戒している。
「大丈夫です。そんなには遠くありませんよ、茂勝」
更姫が笑って登ってきた道を振り返り、指さした。城の姿がはっきり見える。出かけたとは言うものの、ほんの少し歩いて裏山を散策しているようだ。
「しかし、姫様」
「ほら、見てください。城はまだあんなに近い」
「しかし、姫様は山歩きを慣れてらっしゃらないご様子ですから」
心配そうな顔で、シゲにそっくりな茂勝は更姫の顔を見つめている。それにしても、こちらのシゲは饒舌だ。俺の知っているシゲは気軽に女子と喋れない。
「小さい頃はよく走り回っていたではありませんか。ねぇ、兼成」
「されども、もう姫様は童ではないのです。あの頃のようには参りませぬ」
「まぁ、二人してそんなことを言って。私は私ですよ」
「さぁ、もう城へ戻りましょう。遅くなれば、殿も心配される」
「もう少しだけ……」
更姫は寂しそうに目を伏せた。
「私はこの景色を目に焼き付けておきたいのです」
「更姫様……」
茂勝が呟いたところで俺は目を覚ました。
俺は夢の中で出てくる人物を注意深く見ることにしていたが所詮は夢だ。ある場所は不明瞭で、見えていないことの方が多い。女好きの豊永や、噂好きの斎藤らしき人物が出てきたような気もするが断言できない。歴史好きの委員長、村上なんかも出てきそうだが覚えていない。藤川にそっくりな奴が出てきたら、そいつが姫を殺した犯人だろうか。誰かが彼女の命を狙っている。このクラスだけではない。校内の全員が容疑者なのだ。
だが、肝心なシーン、更姫が殺される所は一度として夢の中に現れなかった。殺人シーンを見れば犯人が分かるはずだ。いや、できれば殺される場面は見たくない。姫にそっくりな井原椿が殺されるシーンは見たくはないな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます