第7話 9月6日

 朝、待ち合わせ場所についた俺は、シゲに昨夜見た夢の話をした。

 朝っぱらから『姫』やら『武士』やら『戦が』と訳の分からないことを言い合っている俺たちを、通行人は白い眼で見ながら足早で追い越している。

目覚める前に聞いた声。あれは誰の声だったのか。俺自身の中にいる誰かなのか。

「歴史は繰り返されるか……」

 シゲが重苦しい声で呟いた。

「ああ。聞こえた内容をそのまま受け取れば、現代で井原椿が誰かに殺されるってことだよな」

 シゲもあれから二日連続で同じような夢を見るのだという。シゲの話によれば、更姫は隣国へ輿入れする最中、何者かに殺されたらしい。

 サッカー部の朝練はこの数日、行っていなかった。夢を見るようになってからというもの、昼間も眠く、朝もなかなか起きられない。


 教室に入るとすぐに井原椿の姿を確認した。彼女は静かに席に座り、姿勢を正して本を読んでいた。挨拶くらいはしようかと一歩足を踏み出した時、背後からものすごい力で体当たりされ、思わずよろめいた。俺に体当たりした人物は女子だった。名前は斎藤さいとう千鶴ちづる。彼女は柔道部に所属し、体格が良い。全校集会で何度も表彰されているから、かなり強いようだ。俺なんか簡単に投げとばされそうだ。

 俺を突き飛ばした斎藤は井原の席に向かい、彼女に話しかけている。斎藤は噂話が好きで、いつも教室内で響く声が大きい。おまけにリアクションも大きい。大きな身体で、大きな手を振りながら、何組の誰と誰が別れたとか、誰が誰に告白しただとかが、斎藤の大声と語尾にくっつく感嘆符が俺の耳にもしょっちゅう入ってきていた。  

 校内のあらゆるゴシップニュースが大好きで、芸能リポーターになれそうだなと常日頃から思っている。

 そして、斎藤はどうやらクラスのアイドル的存在の藤川瑠璃が嫌いらしく、ことあるごとに二人は対立していた。 

 斎藤としては、同じ美人でも藤川よりも控えめな井原のことが気に入ったようで、転校初日から何かと彼女に話しかけていた。井原は斎藤の話に本を閉じにっこりとして頷いている。彼女は今日も美しかった。


『今度こそ更姫様をお守りしろ』

 夢の中で聞いた言葉が脳裏に蘇る。彼女は俺が守らなければいけない。前世では何かが起こり彼女を死なせてしまった。それならば今度こそ、命を守らなければいけない。どこからか使命感がふつふつと湧き上がって来た。突然、温泉を掘り当てたかのように、俺の中にあったであろう使命感が、身体の奥底からどっと湧いてくるようだった。毎日だらだらと過ごしていた俺の中にあった使命感を掘り当てたのは井原椿だ。

 ただ、残念なことに、彼女は俺の存在に気がついていない。いっそのこと、前世からの知り合いだと話そうかとも思ったが、彼女が何も気がついていない以上、やめておこう。頭のおかしい奴だと思われるだけだ。早く思い出して欲しい。そして、彼女から話しかけてくれれば良いなと思う。


 そして夜、また夢がやって来た。

 今回の夢は輿入れに付き添う人間を決めているようだった。更姫の輿入れには数人の侍女、喜多倉家の菩提寺である寺の僧侶が一人、他には剣の腕が立つ若者や家臣が同行することになったようだ。

 剣の腕が立つ若者の中に俺、兼成とシゲにそっくりな茂勝もいた。相手方、徳田家の家臣も道案内を兼ねて数名が同行した。

「ひでまる殿、出立の手筈ですが……」

 俺、兼成が誰かを呼んでいる。ひでまると呼ばれた武士の格好をした男が降り返った。その顔は俺たちが所属するサッカーの先輩だった。

名前は正木まさき英人ひでと。サッカー部ではムードメーカーだ。サッカー部ながらちょっとぽっちゃり体型で、よく喋りよく食べる。部活中にチョコをくれたあの先輩だ。正木先輩、ここでは『ひでまる』と言う名前らしい。ひでまるの身体は細身で、かなり鍛え抜かれているように見える。そこはぽっちゃりした正木先輩とは違った。ただ、顔は先輩そのものだった。彼は俺たちのグループのリーダーのようだ。

「よし、出立前に腹ごしらえをするか」

 正木先輩、いや、『ひでまる』は俺達に饅頭のようなものを配っていた。

「これからの道中、多様な不足の事態が起こるかもしれぬ。皆の者は心して姫様の御身をお守りするように。あと、きちんと食べるように」

 正木先輩、そのまますぎだろ。目が覚めた俺は、みんなに饅頭を配る『ひでまる』の姿が、俺たちにチョコをくれた姿と重なっていたのを思い出して思わず、くすりと笑った。

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