第6話 9月5日
「転校生が来るみたいだぞ」
教室に入ると、そんな声が聞こえた。俺とシゲは顔を見合わせて声の方へと向かった。
「転校生って男? 女?」
俺はシゲと噂の輪に入り、尋ねる。
「女子だって。見たやつの話だと、かなりの美人だってさ」
「俺、隣の席が良いなぁ」
「普通来るなら、二学期初日からだろ。ワケありかな」
「まぁ、美人って言っても定義は人それぞれだからな。あまり期待しない方が良いんじゃないか。なぁ、シゲ」
「興味ないな」
俺の問いかけに、シゲは即答する。
「ああ、そうか。まぁ、そうだろうな」
美人転校生の話題は朝のうちにクラス中を駆け巡った。いつもは騒がしい教室だが、今日に限っては担任が入ってくる前に全員が席についている。
「お前たち、早く席につけよって、おいおい、どうしたんだ。席についてるなんて、雪でも降るのか」
目を丸くして教室に入って来た前田先生の後ろに、長い黒髪の女子生徒がいた。俯き加減で顔は良く見えない。
「今日は転校生を紹介するぞ。自己紹介を」
先生の横で俯いていた女子生徒は促されて顔をあげた。
「井原椿です。よろしくお願いします」
緊張した面持ちでぎこちなくほほ笑む彼女の姿を見て、息をのんだ。流れるような黒髪、大きな瞳、小さな唇。そして気が付いた。
『彼女だ』
転校生は、毎夜夢に出て来る更姫に瓜二つだった。教室の後方に座っているシゲの様子を伺おうと体をひねる。シゲも俺の方を見ていた。いつもは切れ長なシゲの目が大きく見開かれていた。
「そうだな、井原は学級委員の村上の隣に座れ」
担任の前田先生は空いている席を指さした。
「はい」
更姫と同じ顔をした井原椿は、学級員の村上有紗の隣に座った。村上が彼女に微笑みながら話しかけると、井原椿は、はにかんだような笑顔を向けて応えた。
休み時間、俺とシゲは転校生ばかり目で追っていた。
「しかし驚いたな」
「ああ」
「ここまで瓜二つだとな」
「ああ」
「それにしても美人だな」
「ああ」
「彼女は更姫の生まれ変わりかな」
「ああ」
「俺たちの事、知っているかな」
「ああ」
シゲはさっきから『ああ』としか言わない。目はずっと井原椿を見ている。輪廻転生なんてばかばかしいと言っていた俺も、夢に出てきた姫にそっくりな人物が現われたことで動揺が隠せない。おまけに、彼女はかなりの美人だ。
井原椿の周りにはすでに女子の人だかりができていた。どこに住んでいるかとか、どこから来たのだとか、そういう類の質問をしているようだ。
「井原さん、LINEのID教えてよ」
「ツイッター、フォローさせて」
「インスタやってる?」
女子がスマホ片手に話しかけている。
「ごめんなさい、私、スマホは持っていないの。興味が無くて」
申し訳なさそうに謝る井原椿に、みんなは目を丸くしていた。今どきスマホに興味がないって、本当に過去から来たみたいだな。さりげなく会話を聞いていた俺はシゲを見た。シゲもきっと同じように思っているだろう。いつもの切れ長の目は相変わらず見開かれたままだった。
他の男子は突然現れた美少女を遠巻きに眺めていた。中には少しでも転校生の気を引こうと、近づいて行ってふざけた真似をする男子もいる。お調子者でチャラ男の別名を持つ豊永清治だ。しかし、豊永は他の女子に冷たい目で追い払われ、あえなく撃沈している。ふと見ると藤川瑠璃がものすごい目つきで井原椿を睨んでいた。まぁ、今までクラス一の可愛さを誇っていた藤川は面白くないだろうな。
放課後、俺とシゲは思い切って下駄箱にいた井原椿に話しかけた。
「井原さん」
「はい?」
「俺達のこと知ってる?」
もっと気の聞いたことは言えないのか、俺。まるでナンパみたいだ。
「ええと、確か同じクラスよね。名前は……ごめんなさい。まだ全員の名前を覚えていなくて」
「あ、そ、そうだよね。俺、江口謙って言うんだ」
黙って横に立っていたシゲが俺の背中をつついた。どうやら『俺も紹介しろ』という事らしい。なんだよ。いちいち面倒くさいな。
「それでこっちは上田滋」
シゲは黙ったまま頷いた。お前、せっかく紹介したんだから、何か言えよ。よく見るとシゲの顔は少し赤い。
「あのさ、困ったことがあったら何でも聞いて」
気の利いた言葉も思い浮かばず、言えたのはそれだけだった。
「ありがとう、クラスのみんながそう言ってくれるので心強いわ。隣の席の村上さんもとても親切だし」
「ああ、村上は学級委員長だからね。あいつ面倒見がいいから頼りにするといいよ」
「ええ」
井原椿は微笑んだ。それにしてもそっくりだ。ほんとに姫と話しているみたいだな。
「じゃあ、さようなら」と彼女は背を向け、校舎を後にした。
「俺たちのこと、知らないみたいだな」
小さくなっていく背中を見つめ呟くと、さっきまで顔を赤らめていたシゲが、いつもの仏頂面で「そうだな」と同意する。
「まぁ、仕方ないか」
彼女が俺たちを全く知らなかったのは、少しショックだった。俺たちは彼女に気が付いたが、彼女は俺たちなど眼中にない様子で、ただの目立たないクラスメートくらいにしか思っていないようだった。
井原椿は更姫の生まれ変わりなんだろうか。これだけそっくりな人間がこのタイミングで現れるなんて、それしか考えられない。前世なんて信じていなかったけれど、こんな事が起これば信じるしかない。彼女はいつ俺たちのことを思い出すのだろう。夢で見たように、いつか彼女と穏やかに談笑とかできるかな。そこでふと、シゲの言葉を思い出した。
『夢の中で更姫は殺された』
いや、俺の夢では元気だったし、シゲの思い違いかもしれない。
「おい。部活行くぞ」
遠くから低い声がして気がつけば、シゲは運動靴に履き替えて、ずっと先で俺を待っていた。
夜、またあの夢がやってきた。俺はいつの間にか眠り、気が付けば夢を見ていた。
ここは城の中か。質素な畳の部屋に、侍風情の男が十人程度集まっている。上座にいるのが喜多倉家の殿だろうか。口髭を蓄え、鋭い目をしていた。上背はぞれ程高くなく、細身だ。醸し出す雰囲気は近寄りがたく、威厳を感じる。その隣にいるのが、頻繁に俺の夢に出て来る更姫だ。更姫は相変わらず美しい。本当、井原椿にそっくりだ。姫の隣には7、8歳の少年が一人。どうやら更姫の弟で喜多倉家の跡継ぎのようだ。
俺とシゲはその場にはいなかった。どうやら俺たちは重要な家臣ではないみたいだな。ここにいる家臣たちは見た感じ、それなりに年を重ねている。俺たち若輩者の出番はないというわけか。
「更、突然の話であるが、隣国へ嫁いではくれないか」
更姫の父親、喜多倉の殿が発した言葉に一同が静まり返っている。
「私が隣国に……」
突然、父親の口からでた言葉に、更姫も言葉を失っているようだった。
「隣国の城主は姫様と親子ほど年の離れたお方。なぜ姫様なのです」
家臣の一人が声をあげた。
「書状が来たのじゃ。先日、更を一目見て気に入ったらしい。更を側室として迎え入れた暁にはこの喜多倉家と手を組み、何があっても攻め入ることはないと書かれてあった。裏を返せば、もしも断れば、攻め入ることもあり得るという事だ」
渋々と言った様子で更姫の父は口を開く。
「しかし、それでは姫様が……」
納得のいかない様子の家臣達を見て、更姫は微笑んだ。
「いいのですよ。私はいつでもそのような覚悟はできております。もう行き遅れてもおかしくない年なんですよ。ありがたいお話ではありませんか。お家のためになるのであれば喜んで輿入れします」
隣国の城主は更姫よりもかなり年上、おまけに良い噂は聞かなかったようだ。家臣の妻にも平気で手をだす、気に入らなければすぐに切りつける等々、そんなところに嫁がせるのは不憫だと家臣たちが口にしている。家臣たちにとっても、更姫は大切な娘のような存在なのだろうか。
しかし、隣国は喜多倉家よりもはるかに広い領土を持っていたようだ。有無を言わせぬ申出に、その場に居た一同は怒りをあらわにしていた。一方の更姫は取り乱す様子もなく、黙って父親の話に耳を傾けている。
少し経って場所は屋敷の中、俺とシゲにそっくりな兼成と茂勝がいる。どうやら更姫が隣国に嫁ぐという話をしているらしい。
「なんなんだよ。あんな奴のところに姫様は輿入れするのか」
怒り口調で興奮しているのは俺、兼成。
「このご時世、どの国でもやっていることだ。お前も少しは世の仕組みを勉強したほうが良い」
冷静な口調でそう言ったのは、シゲにそっくりな茂勝。
「茂勝は平気なのか? 姫様が親子ほど年の離れた奴のところに輿入れするのだぞ」
「我々が平気かどうかは関係ないことだ。姫様も喜多倉家のため、輿入れすることを望まれている。良いか、兼成。我々はいかなる時も、姫様の幸せを祈るだけだ」
「そんな政略結婚で幸せになるはずがなかろう」
吐き捨てるように兼成は言い残し、その場を去って行った。
それから少し時が経ったのか、屋敷の中が慌ただしい。同じ時代だがこれは別の夢か。
「姫様がお隠れになった」
家臣の悲痛な声が聞こえた。
「更姫亡き今、今後どうなることかわかりませぬぞ」
「ほんの数百石の小さな喜多倉家など周囲の大国にとって手に入れるのはいとも簡単だ。姫様の嫁ぎ先という後ろ盾が亡くなれば、どこから攻められるか分からんな」
「喜多倉家を捨てるか」
「早いほうがいい。この騒ぎに乗じて出て行こう。攻め込まれてからでは遅い」
家臣たちが囁きあっている。
どうやら更姫が亡くなってしまったとなれば、戦が始まってもおかしくはないようだ。更姫は何故亡くなったのだろう。シゲは夢の中で殺されたと言っていたが本当だったんだ。どういうことなのだろう。夢うつつの中ぼんやりと思った時、どこからか声が聞こえた。
『歴史は繰り返される。今度こそ、更姫様をお守りしろ』
ハッとして、俺は目を覚ました。
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