第5話 9月4日

「おはよう」

 いつものコンビニの前でシゲに声をかけた。夢の中でもシゲに会ったから、なんだか変な感じだった。シゲに『お前にそっくりな奴が夢に出てきたぞ』と話そうかとも思ったが、馬鹿にされそうなのでやめた。

 シゲは「ああ」とだけ呟いて、めずらしくぼんやりしている。寝ぼけているのか。俺の顔をまともに見ようとしない。いつもなら、仁王像のようにどっしりと構えて、『遅いぞ』とかぼやきながら一睨みするのだが、今日は挙動不審だ。ぼんやりしたかと思えば急に俺に気がついたようで、そわそわし始めた。さっき、挨拶したら返事したじゃないか。こんなシゲの姿を見るのは初めてかもしれない。いや、小学校の頃、こいつが初めて女子に告白された時もこうだったな。あれ以来か。


 あの時は大変だった。確か小3の時、朝からシゲの様子がおかしくて、聞けば、前日に女子からラブレターをもらったとか言い出して。どうしたらいいんだと、必死な形相で俺に訴えてきた。俺はラブレターなんかもらったことないから、分からな言って。とりあえず『ありがとう』とかなんとか返事を書けと言ったのに、結局シゲは返事を書くことなく(書けなかったというべきか)女子の方も、それから何も言ってこなかったみたいだった。


 あの時と同じくらい、今朝のシゲはおかしい。

「どうしたシゲ、なんか朝から変だぞ。おかしなものでも食べたのか?」

「お前が昨日変な話をするから、戦国時代の夢を見たんだ。お前にそっくりな侍が夢に出て来たぞ。それに……」

 ぼそぼそと低い声でシゲは続けた。

「更姫っていう姫様が出てきて……」

「はぁ?」

 シゲの口から確かに出た『さらひめ』の名に俺は大きな声を出した。確かに夢の話はしたが、姫の名前は教えていなかったはずだ。

「お前、今なんて言った? 更姫って言ったか? 俺は昨日、姫の名前までは言わなかったぞ。それにな、昨日、俺の夢にも初めてお前が出て来たんだよ」

 興奮して声が裏返った。これも夢の続きなのか。

「お前が昨日話した夢と、俺が見た夢が同じってことか……」

 困惑した表情でシゲが呟く。

「まさか……だよな。ちなみに聞くが、夢の中でお前はなんていう名前なんだ」

「俺の名前は茂勝、お前は兼成だ」

 シゲが言うその名前は、紛れもなく俺が昨夜夢の中で聞いた名前だった。

「なんだよ。そこまで一緒かよ。それで、他に誰がいたんだよ」

「さっき言った更姫と俺達しかいなかった。俺たちは侍の格好で、姫は着物姿だった」

「なんだよそれ、気持ち悪い。なんだって夢の中でもお前と一緒なんだよ」

「それは俺のセリフだ」

 シゲは明らかにムッとしていた。いや俺だってマジで勘弁してほしい。なんだってこいつと同じ夢を見なきゃいけなんだ。腐れ縁にもほどがあるぞ。

「お前はこの前からおかしな夢を見ると言っていた。今まで見た夢を詳しく話してみろ」

 仏頂面のままシゲが言った。

「ああ」

 俺は覚えている限りに夢の話をした。おそらく時は戦国時代。登場するのは『喜多倉家』の娘『更姫』という名で16、7歳の美人。俺は姫に好意を持っているが、悲しい事に姫の方はそうでもないらしい。俺とシゲは『喜多倉家』に仕える武士。更姫は近々隣国に輿入れするということ。曖昧な記憶を引き出しながら、身振り手振りで話す内容をシゲはじっと聞き入っている。

「でもなんなんだろうな。かなりリアルだったぞ」

「前世かもしれないな」

 話を聞き終えたシゲがつぶやいた。

「前世ねぇ。とりあえず俺たちが見た夢の世界が、実際に存在していたのか調べてみるか。こう毎晩夢に出てくるんだから、実在していたのかもしれないし。気になったから、スマホで調べたんだよ。でも、それらしいのが無くてさ」

 初めて夢に出て来た時、気になった俺は『更姫』『戦国時代 喜多倉家』とスマホで調べてみたがそれらしいものは一つもなかった。

「それなら図書館が良いだろう」

「図書館?」

「地元の古い文献や地図があるはずだ。何か分かるかもしれない。放課後、行ってみよう」

「そうだな」

 シゲの提案に俺は頷いた。夢で見た更姫の顔は脳裏に焼き付いている。彼女が過去に実在していたとしたら。古い文献に載っていたとしたら。俺は知らず知らずのうち、掌にじっとりと汗をかいていた。


 放課後、俺とシゲは町の図書館に向かった。部活は適当な理由をつけてみっちゃんに休むと伝えた。

「お前達、二人でさぼる気だな。今度は俺も混ぜてくれよ」

 みっちゃんは楽しそうだ。きっと俺たちが、練習をさぼって遊びに行くと思っているんだろう。

 町の図書館は学校から徒歩10分ほどの所にある、古いコンクリートの建物だ。建物は古いが、蔵書が60万冊あるとかで、地方ではそれなりに大きな図書館だった。図書館に入った俺たちは、中年の女性職員に声をかけた。

「あの、郷土史とかありますか、できるだけ古い、戦国時代とか……この辺は戦国武将の誰が統治していたとかそう言うのを調べたいんですが」

「ああ、学校の課題ね。奥の参考図書・蔵書コーナーにあります。貸し出しは禁止だからコピーが必要なら声をかけてください」

 俺たちは教えられた棚に向かい、郷土史を片っ端からあたった。この辺りには昔、いくつかの山城があったようだ。

 そういえば中学の時、遠足で山に登ったことを思い出した。戦国時代、城があったと先生は誇らしげに説明していたが、汗をかきながら苦労して登った先には何もなかった。城と言えばつきものの石垣すらもなかった。眼下に広がる景色は綺麗だったが、山の上に城があると思っていた俺はがっかりしたことを覚えている。

 遠足で行った城は郷土史に書かれてはいたが、名前も城主の名前も『喜多倉』ではなかった。そして、このあたりに更姫という人物が存命していた記録は載っていなかった。


「やはりゲームのやりすぎか」

 家紋の本を捲っていたシゲが顔をあげた。

「家紋、なかったのか」

『全国の山城』という本を見ていた俺は、本を閉じて聞いた。シゲは黙って頷く。シゲの夢の中ではちらっと家紋が出て来たようだ。六角形か八角形の中に花のような模様が描かれていたとシゲは言っていたが、そんな家紋はどこにもなかったらしい。だいたい、夢の中でちらっと見た物を覚えている人間なんてそういないだろう。

 シゲの前には輪廻転生について書かれた本が数冊積み上げられていた。俺は一番上の本を手に取った。『前世の記憶』というタイトルの本には幼い女の子が突然、自分の前世について語りだしたという話や、旅行先で偶然見つけた風景に視感ジャブを感じて、前世の記憶を思い出した人の話などが書かれていた。

「俺もゲームのやりすぎだと思いたいな。だいたい、もし見た夢が前世だったとして、いまさら何になるんだ。俺は夢の中で前世の初恋でも叶えようとしているのか」

 自嘲気味に笑うと、シゲが険しい顔をして口を開いた。

「殺されたんだ」

「誰が」

「俺の夢の中では、更姫は殺されていたんだ」

「は? 俺の夢に出て来る姫は生きていたぞ。一体誰に殺されたんだ」

「それは分からん」

 シゲが昨夜見た夢によると、夢の後半で更姫は何者かに殺害されたらしい。侍姿の俺たちが、更姫が亡くなったと話している姿を見たと言うのだ。あの美しい姫が殺されたのかと一瞬動揺したが、すぐに冷静を取り戻した。そうだ。所詮、俺たちが見た夢じゃないか。実在しない人物だって、今さっき調べたじゃないか。

「もう、この話は終わりにしよう。あーあ。ゲーム、しばらくやめようかな」

 俺が言うと

「二人が同じ夢を見たことには意味がある。記録にないだけで、更姫は実在したのかもしれない」

 シゲがまた話を蒸し返す。

「でもな、もしも更姫が実在する人物だとして、本当に殺されたとしても、五百年以上前の話だろう。俺たちに何ができるんだよ」

「ああ、確かに。時間を戻して助けるなんて不可能だな」

 シゲもやっと同意し、本を閉じた。

「だろ。小説やマンガじゃあるまいし。なんかバカバカしくなった。ああ、腹減った。なんか食いに行こうぜ、シゲ」

 大きく背伸びをして、俺たちは図書館を後にした。


 その晩も夢を見た。月夜の草原に一陣の風が吹いた。更姫が月を見上げている。その姿を俺、兼成が見つめていた。夢の内容はこの数日間見た夢と同じような内容だった。二人はたわいのない会話を交わしている。場面が変わり、城内の様子が映し出される。ただ、誰が出てきても、もう頭の上に名前が書かれていない。あれは限定なのかと目覚めてぼんやりと思った。


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