第4話 9月3日
「どうした。寝不足か?」
登校中、欠伸ばかりしている俺にシゲは怪訝な表情を向けた。
「ああ、二日連続で変な夢を見たんだ」欠伸を噛み殺しながら答える。
「夢を見るほど寝ているのに、何で寝不足なんだ」
ぶっきらぼうにシゲが言い放つ。これはいつものことだ。
「それがさ、同じ夢ばかり見るんだ。今までは夢なんて覚えていなかったのに、最近見る夢は起きてもはっきり覚えているんだよ」
「どんな夢だ」
「戦国時代だと思うんだけど、スゲー美人の姫が出てくるんだ。俺と同じ年なんだけど、あんな美人見たことないって言うくらい綺麗なんだぞ。それで、俺にもちゃんとした名前があって、武士の格好しているんだ。それで美人の姫と俺は……」
一生懸命に話す俺の話を、シゲは適当に聞き流している。
「おいシゲ、ちゃんと聞いてるか?」
「ゲームのやりすぎだ。お前は毎晩遅くまで、『戦国の野望』をやっているだろ」
シゲは相変わらずのつれない口調だ。
「そういうお前こそやってるだろうが。それで、シゲは誰で天下を取るつもりだ」
「上杉謙信」
「あいつ、ちょっと頑張ったらチートになりすぎるだろ。俺は武田信玄だな。上杉とは絶対に同盟を組まないと決めているんだ。でもそろそろ飽きたし、次は北条にしようかなぁ」
「それが、おかしな夢の原因だろう」
「ああ、確かにそうかもな」
夜10時、一日の締めくくりにと、いつものようにゲームの電源を入れる。ゲームのタイトルは『戦国の野望』。これは自らが大名になり、天下を統一するというプレイスタイルだ。
最初に自ら好きな大名を選択し、家臣を登用・任命したり、配下軍団も新設できる。軍議を開いて出陣し、合戦が始まる。はじめに大名を選択する場合、マイナーな名前の大名でもプレイはできる。自らの手で史実をひっくり返すのだ。それはそれで面白いと思うが、俺が選択するのはたいていメジャーな大名。彼らが天下を取るために、毎夜、領地を拡大している。もちろん領地を拡大するため、内政や外交に注意しつつ、商業、石高、兵舎にも目を向ける。軍事や戦闘だけでなく多方面から、アプローチすることができるのがこのゲームの醍醐味だ。
暫くゲームを続けていたが睡魔が襲ってきて、俺はいつのまにか寝落ちしていた。
月がきれいだ。ふとそう思って、空を見上げる。ぼんやりと考えて、俺はまたあの夢の中にいることに気が付いた。丸い月がぽっかりと漆黒の闇に浮かんでいる。どうやら満月のようだ。雲がないせいか、月明かりがやけに明るい。ススキが風になびいている。しかし、静かだ。当たり前か。この時代は車もコンビニもない。あるのは風が奏でる草木の音、鳥や虫の声。
俺はまた映画を見るように、夢の中で起こることをぼんやりと見ている。
視界に俺にそっくりな男、兼成がいる。彼も外に出てぼんやりと月を眺めているようだ。
「きれいな月ですね」
ふとどこからか声がして兼成が振り向くと、更姫が立っていた。夢の中に出て来る更姫はいつも美しい。カラスの羽のようにしっとりとした漆黒の長い髪、上質な陶器のような白い肌、大きな瞳、長い睫毛。姫に声をかけられた俺、兼成は緊張しているのか少し上ずった声で答えていた。
「さ、更姫様。どうされたのです。冷えますよ」
「兼成、そんなに真剣に月を見てどうしたのです」
更姫に笑いかけられて、兼成は頭を掻きながら答えた。
「竹取物語を思い出していました。かぐや姫を見送った人々はどんな気持ちだったのだろうかと。姫様が、かぐや姫の様に思えてきたのです。遠くに行かれてしまうのかと思うとつい……」
「まぁ、私がかぐや姫ですか。私も竹取物語は好きですよ。ただ、殿方に無理難題を出してしまう、かぐや姫にはあまり共感はできませんが」
更姫は急に真顔になり続けた。
「私がかぐや姫なら無理難題なんて出さず、丁重にお断りします。あのお話の殿方の中には、命を落とされた方もいらっしゃったでしょう。この世の中、いつ命を落とすかわからないのに、そんなくだらないお願いのために命を落とすなんて」
どうやら更姫は本気でかぐや姫に怒っているようだった。
「申し訳ありません。姫様がかぐや姫なんて」
兼成は慌てて頭を下げた。更姫ははっとして首を横に振った。
「私こそすみません。物語なのに怒るなんて童子のようでした。でもね、兼成。月はどこにいても見ることができるのですよ。私も月を見てこの故郷を思い出します」
「しかし、姫様。冷えるとお体に障ります。早くお入りください」
「ふふふ、そうですね。おやすみなさい」
更姫が去ったのと同時に仲間の一人が俺に近づいてきた。俺はそいつに声をかけている。
「茂勝、どうした」
茂勝と呼ばれた男は兼成の正面に立った。月明かりに浮かんだ顔を見て、俺は驚いた。男の顔は、俺が毎日会っている上田滋、シゲそのものだった。そしてまた、彼の頭上には『
「お前は孝姫様と何を話していたんだ。姿が見えないと思ったら。姫様も楽しそうになさっていたのが見えたぞ。だいたいお前はいつもそうだ。そうやって俺を出し抜いて……」
「わ、分かったから落ち着け、茂勝」
「俺はいつでも落ち着いている。お前こそ何を考えているんだ。姫様はもうすぐ隣国へ輿入れされる。そんな姫様をお引止めして話し込むとは何事だ。少しは立場をわきまえろ」
兼成は怖い顔で詰め寄って来るシゲを必死になだめていた。こちらのシゲ、いや茂勝だったか。かなり饒舌だ。見た目はシゲに瓜二つだが、性格は少し違うのか。暫く俺とシゲ、いや兼成と茂勝が月を見ながら何か話していた。二人の会話は聞こえない。そして俺は目を覚ました。
まさかシゲが夢に出てくるとは。そういえばシゲにそっくりな奴、確か、茂勝だっけ。更姫が隣国に輿入れすると話していたな。更姫は結婚するのか。
だとすると、俺は見事に失恋したのか。何だよ、朝っぱらから失恋の夢かよ。やってられないなと呟きながら身支度を整える。一階に下りると、今朝も大量の朝食が並んでいた。
洗面所で顔を洗い、海苔が巻かれたおにぎりを一つ手に取る。それを口にくわえたまま仏壇の前で手を合わせた。
「謙、ちゃんと座って食べなさい」
朝から忙しそうに動き回る母の声が飛んでくる。聞こえないふりをして、弁当箱をバッグに入れて玄関へと向かった。
母はいつまであの朝食を作り続けるのだろう。俺と菜摘が一人暮らしをするまで、作るつもりなのだろうか。
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