第141話 クイーンの苦悩

聖世紀1211年夏 アルバニ王国 王宮謁見の間


アレシアがだるそうに青い顔で玉座に崩れながら目を閉じて辛うじて座っている。

そこへ先程アベルにしてやられたシルビアがドス黒いスライム状のまま弱ズリズリと現れる。

そしてどこから出ているのかわからないこもった声でアレシアに報告する。


「お母様、わたくし不覚にも負けてしまいましたわ。トカゲ女も奪われましたわ。」


アレシアはびっくりしてスライム状のシルビアを見つめて答える。


「なんと、お前はシルビアなのかい・・・あのお前が下等なトカゲどもに負けたと言うのかい?」


シルビアが答える。


「いいえ、人間でしたわ。それも銀髪で黒い瞳の美しい少年でしたわ。」


アレシアはその少年の事を考えてみたが思いつかなかったのでシルビアに

もう一度質問した。


「人間・・銀髪・・・黒い瞳・・・わからん。一体誰なんだいその少年は?」


ドス黒いスライム状のシルビアがプルプル震えながらアレシアに答える。


「わたくしに聞かれてもわかりませんわ。初めてお会いしましたもの。しかもその少年は中庭の秘密の通路を通って地下牢に現れましたのよ。それとお姉様の名前を言っていたのでここに来たのは偶然では無いようですわ。」


アレシアが小さな咳をしながら目を瞑って考えている。

やはりわからないのでもう一度シルビアに質問する。



「うううっわからん。他に何か他に少年の特徴はないのかね。」


シルビアはゆっくり先程の戦闘を思い出しながらアレシアに答える。


「名前は名乗りませんでしたが、通りすがりの五歳児と言っていましたわ。確か・・・少年の近くに従魔が・・・黒い狼と大きな鴉かいましたわ。それと喋る黒い仔猫も。そして今まで見た事もない魔法を使っていましたわ。」


ますますわからなくなったアレシアが1人考えている。

会ったこともないアベルの正体などわかるわけがないのに


「五歳児・・・見た事もない魔法・・・喋るネコ・・・黒い従魔・・・さては悪魔か魔族か・・・まさか魔王復活・・・いや、それはありえん。しかしわからん。ギルメサイアにそんな知り合いがいるとは思えん。」

ブツブツと独り言を言いながら考えていて、ふと、我に返ってシルビアに聞く。


「しかし、どうでもいいがお前はいつまでそんな格好でいるつもりなんだね。」


シルビアは悔しそうにアレシアに答える。


「不覚にもその少年の発射した魔導銃の浄化作用のある変な弾丸を数発喰らってしまいまして、その浄化効果が体の中で邪魔して元の姿に戻れませんのよ。母上。」


アレシアは驚きを隠せずに答える声が少し大きくなる。

しかし、まだ考えがまとまらないらしく歯切れが悪い。


「なんとその少年が魔導銃を使ったというのか・・・浄化作用のある弾丸・・・完全に我らがヴァンパイアと知っての攻撃じゃな。大賢者の手の者か・・・シルビアは今から急いで血の風呂に入って体から浄化作用のあるものを排出しておきなさい。その様子じゃと体が元に戻るのが一週間はかかりそうじゃな。。」


スライム状のシルビアはプルプルと震えているがそれが何の感情なのかはわからない。


「はい。そうしますわ。母上。わたくしシルビアは今此処に誓いますわ。次にあの少年に会ったら必ずズタズタに引き裂いてやりますわ。」


アレシアが大きく頷いて


「それでこそ、我が娘シルビアです。失敗から学びなさい。」



するとシルビアがアレシアに近づいてきて

「母上もとても具合が悪そうですわね。」


アレシアはスライムに無理に笑顔を作って優しく答える。


「ワシはもう少し何が起こっているのか情報を整理してから休むとするよ。お前は心配せずに早う体を休めなさい。」


そう言うとスライムを愛おしそうに優しく撫でる。

シルビアは体を丸くしてアレシアに心配かけまいと元気に答える。


「それでは、母上様、ごきげんよう。」


シルビアが謁見の間から退出すると

アリシアの体は脱力して椅子にだらしなくしがみつくような形になる。


「うむ、今ここで何が今起こっておるのだ。まだ死んでないならギルメサイアはどこにおるのじゃ。シルビアを倒した銀髪の少年・・・一体誰なんだ・・・」


独り言を続けていたが思い出したように我に帰ると

念話で国境に向かった親衛隊長のネロに話しかける。


[おい、国境はどうなっておるんじゃ。ネロ。]


アレシアに激怒されるのを恐れてネロが恐る恐る念話で答える。


[あのー・・・アレシア様、誠に恥ずかしい話なのですが・・・それが、私が到着をした時にはすでに兵士全員がロープで拘束されており、アレシア様の護符も全員剥がされていました。気がついた兵士に聞くとドラゴニュートが襲ってきたと言っております。]


ネロの予想に反してアレシアは激昂する事なくネロに答える。


[トカゲどもめ、裏切りやがったな。まあええわ。ネロもそこにいてももう何も無いから国境はもうええわ。連れて行った兵士を残してネロは拘束された兵士たちを王宮まで連れて帰ってこい。]


激昂しないアレシアに驚きながらネロは答る。


[はい、わかりました。アレシア様]


ネロとの念話を終えたアレシアはぐったりとしながら

自分なりに今起こっている事を頭の中でまとめる。


「さては国境は陽動作戦だな。敵は複数か・・・」

その時、シルビアからアレシアに念話が飛んでくる。


[母上様、風呂へ向かう廊下の結界が一つ稼働しておりませんわ。]


アレシアは怒りの表情になり、右拳を玉座の肘掛けを力一杯叩いて壊した。

そしてシルビアに聞こえないように怒りの声を上げる。


「おのれ・・・このワシの王宮をコソコソとカギ回っている奴がおるな。」


そしてすぐ平静を装ってシルビアに念話で安心させるように言う。


[案ずるな何も問題はない。お前は早く体を治すことだけを考えてればいい。]


シルビアが安心して念話で答える。


「はい。お母様」


シルビアとの念話の後

アレシアは頭を抱えながらやり場の無い怒りを抑えようとしている。


「我への呪い返し、トカゲどもの国境襲撃、我が王宮への無断侵入、地下牢からの人質奪還、シルビアに勝つ少年・・・舐めた真似をしよるのう。まぁしかし、いくら証拠を揃えてもヴァンパイア・クィーンであワシを完全に倒さんかぎり侵入した奴らに勝利は無いわ。ククククク。ギルメサイア死亡の訃報を国内と隣国に正式に報告して、喪に服すとして王宮を一週間封鎖するとしよう。そしてシルビアが復活したら戴冠式じゃ。さぁどうする我に立ち向かう愚かなモノども。ゴホゴホっ。」


というとアレシアは発作のような咳と一緒に口からドス黒い血を床に吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る