第81話 うちの子になれ
聖世紀1211年夏 王都 カナル邸 アベル5歳
元国王のガナルの屋敷の中は煌びやかではないが
綺麗に統一されたデザインの美しい品の良い室内だった。
ガナルを先頭にアベルたちが濃い緑のフカフカカーペットの廊下を
まっすぐ歩いていくと突き当たりに少し頑丈なドアが現れた。
ガナルがドアを自ら開けて、アベルたちを部屋に招き入れると部屋には
ガナルが冒険者時代に集めた武器や魔道具や魔獣の剥製や鉱石などが綺麗に飾ってあった。
もちろんアベルとバエルは部屋の飾ってある物を触りたくてうずうずして
かなり興奮している。
でも黒龍がアベルに「何も触るな」の視線を送っているので
アベルとバエルはギリギリ我慢している。
黒龍がアベルの後ろを見ると例外なくドラゴム兄妹もアベルと同じぐらい興奮している。
そのドラゴム兄妹にも黒龍の「何も触るな」の視線を送ると兄妹もギリギリ我慢している。
その様子が面白くて黒龍が1人で笑うのを我慢している。
その冒険部屋の真ん中には大きなソファーセットがあり
ガナルがソファーに座るとその横にラーシャが座った。
向かいソファーにアベルと黒龍が座る。
ドラゴム兄妹最初がアベルの後ろに立っていたが
アベルが空いているソファーに座らせた。
アベルが目をキラキラさせながらガナルに言う。
「ねえねえ、ガナル様。この部屋は宝物でいっはいだね。最高だよ。ウチにはこんな部屋はありませんから素晴らしいです。」
ガナルもアベルの言葉に嬉しくなって
「アベルはこの一つ一つの品の趣味がわかるのか?ラーシャやメイド長からはガラクタを早く片付けろと言われてるがな。」
アベルが興奮しながら
「いや、ガナル様、僕は本当にこの部屋にワクワクするよ。」
ラーシャがアベルのワクワクする姿を微笑ましく見ながら
「アベルちゃんも男の子なのね。でもこれだけはお願い、ガナルやラルクみたいにならないでね。」
ガナルが苦笑いしながらアベルに
「ラルクと一緒は心外だな。ハハハハハ、アベルよ、なんかガナル様って言われるのが距離感あるな・・・」
アベルも笑顔で答える。
「それは仕方ないですよ、今日初めてお会いしたいばかりなんだから。元王様に何も考えずに気楽に話しかける5歳児の方が怖いですよ。」
ガナル、アベルと話すのが楽しいようだ。
「ハハハハハ、やはりお前はいい子だな。よし、わかった。わしとラーシャの子になれ。」
ガナルの言葉にラーシャの顔が花のように明るくなりアベルを見つめる。
「そうよ、それいいわね。そうしましょう。姉様には後2人子供がいるから、アベルちゃん私たちの息子になりなさいよね。」
ガナルとラーシャがアベルの返事を待ってアベルを見つめている。
「急に言われても・・・でもガナル様には今の国王の息子さんがいるじゃないですか?」
ガナルは顔を苦くしてアベルに答える。
「あれはラーシャとの子供ではなくて第一夫人ドリスとの子供だよ。バカ貴族どもとドリスの操り人形で国のことなど何も出来ないバカなんだ。」
アベルは素直な疑問をガナルにぶつける。
「どうしてそんなバカだと言ってる息子を王様にしたの?」
「これは痛いところを聞いてきよるな。ハハハハハ。」
笑っていたガナルが急に真面目な顔をして
「アベル、これは国家秘密だぞ。誰にも言うなよ。実はのう、ワシはずっと座っているのが退屈で嫌なんだ。」
真剣に聞いていたアベルとバエルがずっこける。
ドラゴム兄妹もガクッとなっている。
話の合間にメイド長が優雅な手つきで全員のお茶を入れて配った。
部屋中に広がる上品な茶葉の匂い、シンプルだが美しいティーカップやスプーンやポットに
アベルは引退してもこの人は王族の人なんだと改めて感じた。
別のメイドが綺麗なお菓子の盛ってある皿をソファーテーブルに並べた。
お菓子は美味しかったけどバエルのお菓子の方が美味しかったのは内緒だ。
ガナルが思い出したようにアベルに聞く
その横でラーシャが頷いている。
「さて、アベルよ。ユミルバの皆は元気かね。」
アベルが元気に答える。
「元気です。父上は相変わらず机の前で唸ってますし、母上は元気すぎて僕が少し困ってます。ラルクもまんまです。ロメロとハンナとオンジも元気にしています。」
アベルの言葉に懐かしそうに頷くガナル。
黒龍の方を向いて話しかける。
「こちらにいる黒龍殿はあの黒龍殿でいいのかね?」
黒龍が畏まって
「はい、ご挨拶遅れました。私は黒龍です。龍王の息子です。今はアベルの従魔をしております。以前にまだ国王をされている時代に、何度か父と共にお会いして以来ですね。ご無沙汰しております。」
アベルがすかさず言葉を足す。
「黒龍先生は僕の先生です。従魔ではありません。」
ガナルとラーシャが笑顔でアベルに頷いている。
「そうか、詳しいことはイベルマが帰ってきてから聞くとして、龍王様の息子がアベルの従魔をしているのには驚いたよ。」
アベルがまた言葉を足す。
「ガナル様、だから従魔じゃなくて僕の先生なんです。」
バエルはこの件に関しては、ちょっとアベルを面倒くさいと思った。
ガナルも苦笑いしながら
「アベル、わかったよ。黒龍はアベルの先生なんだね。」
アベル大きく頷いている。
アベルがあまりに大きく頷くので
バエルがアベルの肩から落ちそうになる。
「そのアベルの肩に乗っている可愛い仔猫はアベルのペットなのかい?」
アベルが首を横に振って
「いいえ、彼は友達です。バエルと言います。こう見えてかなり高位悪魔さんです。」
するとアベルの方に乗っていたバエルがしゃがれた声で話し出した。
「おう、元国王。私の名はバエル。元豊穣の神で、東を支配する悪魔王の中の1人だ。アベルが俺の封印されていたグリモワールを解放しよったんでな、まぁ仕方なく友達になって弱わ弱わアベル君を私が守ってあげているのだよ。」
可愛い猫がしゃがれた声で急に喋り出したのでガナルとラーシャは驚いた。
ガナルがアベルに質問する。
「アベルよ。そのグリモワールなんて貴重な物をどうやって手に入れたんだ? ナデルかからか? それともイベルマか?」
アベルがまた首を横に振る。
「オババ様、いや星の聖女様のダリアス様だよ。」
ガナルとラーシャが驚いている。
ガナルがアベルに笑いながら質問する。
「ハハハ、なんともうすでにダリアスにも会っておったか。」
ラーシャも続けてアベルに聞く
「アベルちゃん、先生はお元気でしたの?」
「はい、元気でしたよ。先生とはね、宿場町の・・・。」
アベルがこの王都への旅でダリアスに遭ってから一緒に王都まで来た話をした。
ガナルとラーシャは何回もアベルの話に頷いて
ラーシャがダリアスのマネをして
「全て星のお導きですね。」
アベルも少しふざけて
「星のお導きです。」
アベルが星の聖女様のマネをする。
その場にいた全員がアベルの可愛いモノマネを見て笑っている。
笑い疲れたラーシァがバエルに完全に仔猫ちゃんに声をかける感じで
「まぁ、でも可愛い仔猫ちゃんと思ったらお偉い悪魔ちゃんなんですね。バエルちゃんも王都にいる間は私をお母さんだと思って甘えてくださいね。」
ガナルもバエルにシッカリとお辞儀する。
高位悪魔の扱い方をよく知っている。
「バエル殿、今後もアベルやワシらをよろしく頼む。」
バエルは元国王に頭を下げられて
気持ち良くなって顎を上げてアベルにドヤ顔している。
「まぁ、元国王ガナル君に頭下げられちゃ仕方ないかな? でもな、どうするかはアベル君と相談してからだな。」
わざとらしくガナルに言いながらアベルの方に向いて
「おい、アベル君。君は俺が他のやつに可愛がられても嫉妬なんかしないよな?」
アベルはまたバエルとのめんどくさい会話にうんざりしながら。
「バエル、僕と君は友達なんだから嫉妬なんてしないよ。」
想定通りの答えが帰ってきてニタニタ笑っているバエル。
「そうかそうか、よくわかりましたよ、アベル君。」
バエルが尻尾でアベルの頭を何回もバシバシしている。
「よろしい、ガナル君とラーシャ君。アベル君からの許可が出たから私を思う存分可愛がってもいいぞ。許可しよう。」
バエルがアベルの肩からぴょんと飛んでラーシャの膝に乗る。
そしてバエルはラーシャに優しく撫でられてご満悦の表情でアベルを見ている。
アベルは、毎度のことながら悪魔ってめんどくさい生き物なんだと思った。
でも、やり方によっては、結構チョロいと思ってバエルを見ていた。
そのアベルの表情を見たガナルがアベルに
「アベルよ。まだ五歳なのにいろいろあり過ぎて大変だな。ハハハ。」
その時、メイドがイベルマを部屋に案内してきた。
「遅くなりましたわ。アベル、バエル、問題を起こしてませんね。」
バエルが面白くなさそうにしやがれた声でイベルマに抗議する。
「なんでアベルと同列で俺も問題児扱いなんだよ。」
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