第80話 お出迎え

聖世紀1211年夏 王都カナル邸玄関 アベル5歳


治療院から元国王のガナルの屋敷に向かう途中

馬車は商業地区を抜けて貴族居住地区に入った。

やはり王都の規模はユミルバより大きく豪華な屋敷が並んでいた。


アベルは1人カーテンの閉まった馬車の中でとても退屈だったのでバエルを呼んだ。


『バエル』


すると黒い煙と共に寝姿のままバエルが現れれて大きくあくびをした。

そして容姿とはギャップのあるしゃがれた声で返事をした。


「呼んだか・・・ムニャムニャ・・・アベル・・・大丈夫、俺は起きてるから・・・俺を・・・俺を呼んだからにはもう安心だぞ、アベルムニャ・・・。」


バエルはアベルの膝の上で丸まって寝ている。

どう見ても赤い目を瞑っていれば黒く可愛い仔猫でしかない。

アベルが優しく膝の上のバエルに声をかける。


「もう直ぐ到着するよ。さぁ降りる準備をするよ。」


と言って龍の宝物庫から鈴のついた紫のリボンを出してバエルの首に巻いた。

クビに何かを巻かれて飛び起きたバエルが


「おい、アベル!!! これは何だ!!!」


バエルが右前足で首に巻かれた紫のリボンを触っている。

アベルがバエルの背中を撫でながら


「これはね、おばば様からもらった認識障害の魔道具だよ。このリボンをつけていると鑑定しても仔猫としか出ないんだ。なんかある国のお姫様がお忍びで街に遊びに行く時とかに着けていたモノらしいよ。」


まだ納得していないバエルが


「なんでこんなのを俺がつけないといけないんだ。」


アベルがバエルに説明する。


「王都には、どんな人がいるかわからないからね。バエルが高位悪魔ってバレて攻撃されないように用心の為だよ。」


バエルがアベルを諭すように


「あのな、アベルよ。こんなもん着けなくても俺を見て攻撃してくる奴は全員その場で皆殺しにしてやるから大丈夫だ。何だったらこの街ごと焼き払ってやるわ。」


アベルがバエルに顔を顰めて


「だからそうならないように着けるんだよ。バエル君、この世界には力だけでは解決できないこともあるんだよ。大きな力には大きな責任が伴うんだよ。」


バエルがアベルの顔を呆れたように見つめて


「おいアベル君よ。俺はそんなことを五歳児に言われたかないな。ちぇ、わかったよ。わかったからそんな顔するなよな。アベル。まぁ友達だからここは素直にこいつを着けておいてやるとするか。」


「ありがとう。バエル。とても似合ってるよ。」


と言ってアベルが手鏡をバエルに向ける。

バエルも自分の鈴のついた紫のリボン姿を見て満足していた。


バエルがアベルの肩に飛び乗った。

アベルとバエルはカーテンの隙間から豪華な屋敷の立ち並ぶ街並みを覗き見て

2人とも目をキラキラとさせていた。


「ユミルバより何倍も大きいんだ。」


バエルがアベルの言葉にぼそっと答える。


「大きいだけで空っぽだよこの街は」


その時、黒龍が馬車の中のアベルに話し掛ける。


「アベル、もうすぐガナル様の屋敷に到着だよ。準備しなさい。」


「はい、黒龍先生。」


馬車は貴族居住区を抜けて、一本道の突き当たり辺りにもう屋敷はない。

道は森のような森林に入っていく。

すると突然森の中に大きな白い門が現れて馬車が到着すると

馬車を止めることなく自動的に門が開いた。

門から1分ほど馬車で道を進むと他の貴族の屋敷よりはこじんまりしているが

それでもユミルバの貴族の屋敷よりも大きな綺麗な屋敷が現れる。


アベルが上着を着て、靴をちゃんと履きなおして

バエルも手伝って手鏡で髪の毛を直すと馬車が停車した。


外から馬車のドアが開かれるとそこには日に焼けた笑顔の元国王のガナルと

母上にそっくりな元国王の妻ラーシャが並んで立っており

その両サイドを10名ほどの使用人と5人の騎士が並んでいた。


肩にバエルを乗せたアベルは緊張しながら

馬車を降りてカチコチの足取りでガナルの元に歩いていった。

そのアベルの後ろに黒龍、ドラゴム兄妹が続いた。

バエルはそんなアベルの姿にニヤニヤして見ていた。

黒龍はアベルの緊張した歩き方を見てずっとニコニコしていた。


アベルが近くまで来ると待ち侘びたようにラーシャが両手を広げて

二、三歩走ってきて、アベルを強く抱きしめた。

ラーシャの勢いが強すぎてアベルの肩にいたバエルが地面に飛び下りる。

ラーシャは母上にそっくりだが、おっぱいのボリュームがケタ違いだった。

そこに埋まって苦しそうにするアベルを見てガナルが笑っている。


「アベル、よく来たな。私がガナルだ。」


アベルはラーシャから解放された。

ガナルがアベルに歩み寄りアベルの頭を優しく撫でた。

するとすぐラーシャがすぐガナルからアベルを取り上げて


「アベルちゃん、よく来たわね。私がラーシャよ。水の聖女で貴方のお母さんの妹よ。王都にいる間は私がアベルちゃんのお母さんだらね。」


ラーシャがアベルをもう一度強く抱きしめた。

今度はすぐ解放されたアベル。

アベルが一歩下がって姿勢を正して貴族らしく2人に一礼してから


「初めてお目にかかります。、私はユミルバ領主ジルード侯爵家ナデル・ジルードの次男アベル・ジルード五歳です。そしてこちらにいるのが黒龍先生と友達のバエルです。その後ろのドラゴニュートの2人が僕の従士のニヘルとクリシアです。あの軍馬が僕の仲間のソレイユとリュンヌです。王都は初めてなので王都に滞在する期間いろいろご迷惑をおかけしますが、母上と僕と仲間をよろしくお願いします。」


ガナルとラーシャが驚いて瞬きをしながらアベルを見ている。

ガナルが我に帰って


「ハハハ、坊主のくせにラルクやオンジよりしっかりとしておるな。これはナデルに似たわけではないな。これはラーシャの姉のイベルマの教育か。ハハハ。ワシに仔猫と馬まで紹介してくれおったわ。こっちへこいアベル、ワシにも其方を抱き締めさせてくれ。」


ラーシャが嬉しそうに


「ええ、あなた。アベルちゃんはしっかりと挨拶できましたわ。そうね、仔猫ちゃんと馬まで紹介してくれたのは驚いたけど大切な仲間のなのはよくわかりましたよ。アベルちゃんが滞在中は仲間も馬も特別丁寧に過ごしてしてもらいますわ。」


馬車から荷物を屋敷に運ぼうとしている使用人の女性がラーシャに耳打ちをする。


「まぁ、そうなのちょっと待ってね。」


ラーシャが使用人にそう言うとアベルの方を向いて


「アベルちゃん、馬車に荷物が無いけど姉が持ってるのかしら。」


アベルが首を横に振る。


「いえ、僕が持っています。今ここに出しますか?」


ラーシャがアベルを見つめながら


「ええ、アベルちゃんお願いしますわ。ここからうちの使用人が部屋に運びますから。」


アベルが笑顔で頷いて


「はい、わかりました。」


アベルが龍の宝物庫から出発時に積んだ荷物を玄関前に出した。

馬車と同じぐらいの量に最初は使用人たちは驚いたが

テキパキと荷物を屋敷の中に入れ始めた。


使用人の初老の男性が、ジルードの馬車に乗り屋敷の裏側に移動し始めた。

それを見たガナルが


「さぁ、長旅で疲れておるだろ。玄関で立ち話もかわいそうだ。アベルにはいろいろと聞きたいことが沢山ありすぎるからな。まずは屋敷の中に入ろう。美味しいお菓子でもみんなで食べようではないか。」


使用人たちも騎士もそれぞれの仕事に戻っていく

アベル一同が屋敷の中に招かれて入っていった。

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