第76話 賢い馬

聖世紀1211年夏 港町バーク→王都 アベル5歳


久しぶりにハンはアベルとバエルを乗せて風のように街道を駆け抜けた。

黒龍の操る馬車はその遥か後方を走っている。

途中、商人のキャラバンや冒険者や貴族の馬車とすれ違ったり追い抜いたりしたが

バエルの能力のお陰で特に問題はなかった。


やはり、黒い赤目の大きな狼とそれに乗る美少年とその肩に乗る黒い仔猫

やはり知らない人には怪しすぎる姿なのでバエルに姿を消してもらって正解だった。

視えなければ絡まれる心配も無い。


港町バークから王都に向けて三分の一の行程をハンに跨り一時間ぐらい走った場所で

整備された街道の脇の草原に止まる一台の古い幌馬車を見つけた。


休憩やランチをしているようには見えず。

古い麦わら帽子を被ったおじいさんが馬車から降りて馬を撫でながら

何か困ったように自分の馬と馬車を眺めていた。


アベルはバエルに姿を隠すのを解除させてそのお爺さんに近付いた。


「おじいさんどうしましたか?」


急に話しかけられてびっくりして

振り返りハンに跨るアベルにもう一度びっくりするおじいさん。


「おお、これは狼に乗った子供がこんなところに・・・いゃあ、子供に言うてもしょうがないんじゃがな。まぁええわ。実はのう、この馬車を引くわしの馬が年寄りで疲れてしもうてここで全く動かんようになってしもたんじゃ。」


アベルがハンから飛び降りておじいさんの馬の脚を撫でている。


「頑張ったんだね。」


おじいさんはアベルを不思議そうに見つめて


「そうじゃ、この馬はわしと一緒に27年も頑張ってきたんじゃがな。わしと同じようにあっちこっちガタがきとるんじゃ。仕方ないもう歳じゃからのう。」


馬とおじいさんに同情しているアベル。


「そうだね、僕知ってるけど、馬は普通に25年から30年しか生きられないんだよね。」


アベルが何か思いいたように目を輝かせて


「あっそうだ。おじいさん。ちょっと僕に任せてみてよ。」


どうせ子供のすることだから害はないだろうと

アベルに好きにさせようとおじいさんは思って


「任せてもええが、水をやっても餌をやっても動かんぞ。コイツもワシに似て頑固じゃからのう。」


アベルが馬の正面に回る。


ハンは馬を怯えさせないように馬から見えないように幌馬車の後ろに座っている。


アベルの肩からバエルが馬の頭の上に飛び乗る。


「では、ウマさん大丈夫だからね。怖がらないでね。」


『dragon’s eye』


アベルは馬の状態を観察する。


[年老いた馬・愛称メロ(30歳)・・・幌馬車を引く馬・年を取ってはいるがまだまだ元気。彼がこの場から動かないのはこの100メートル先に馬車を狙う狼の群れがいて、おじいさんも馬自身も戦えないのを馬が知っているからであって、健康的理由ではない。]


「バエル、ハン。100メートル先に狼の群れが待ち伏せしているのでよろしく頼む。」


「任せといてくれ。」


しゃがれた声でバエルが返事する。

走り出したハンの背中にバエルが飛び乗って狼の群れに向かう。

おじいさんは状況が分からずアベルに駆け寄り状況を聞く


「どうしたんじゃ、何があったんじゃ。わしの馬は大丈夫かいのう?」


アベルは優しくお祖父さんに微笑みながら


「大丈夫です。おじいさんの馬は年老いてますが元気です。この先に狼の群れの気配を感じたのでここで誰か冒険者が通るまで待っていたんでしょう。賢い馬ですよ。」


そういうとアベルは龍の宝物庫から大きな赤い実を取り出して

ナイフで二つに割って馬に食べさせて馬の頭を撫でた。

それから綺麗に切っておじいさんにも果物をあげた。

おじいさんはお腹が空いていたのか、その果物を頬張りながらアベルに質問する。


「それで理由はわかったんじゃが、狼をどうしようかのう。わしは戦えんし、御主は子供だからのう。」


アベルが自慢げにおじいさんに


「大丈夫だよ、僕の従魔と友達が言ったからもうすぐ狼がいなくなるよ。」


その言葉にびっくりしたおじいさんが


「ほほ、御主一体何者なんじゃ。」


名前を言うか少し悩んで大丈夫だと判断したアベルは


「僕はアベル・ジルード。五歳。」


また、おじいさんが驚いて


「ユミルバのルード家のご子息様ですか、これはこれは、ワシは王都の近くで農家をしておりますトムソンです。この度は私のようなものを助けていただき誠にありがとうございます。」


アベルは凛として


「困っている人を助けるのは人として当たり前のことです。」


トムソンは思い出したように不安そうにアベルに


「ところで、アベル様の従魔と友達は大丈夫でしょうか?少し心配です。」


アベルが胸を張ってトムソンに言う。


「大丈夫です。狼ごときが1000匹いても彼らを倒せませんから。」

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