第6話 最後の雪

聖世紀206年 ユミルバ冬 帰らずの森 ラジアス邸前 アルベルト・ラジアス25歳


アルベルトはゆっくりと話す。


「ここは帰らずの森、誰一人ここから帰れない森だからね。」


騎士団長が唾を飲んでから改めて白銀の剣と白銀の盾を構える。

雪が少しづつアルベルト以外に薄く積もっている。

アルベルトが騎士団長を諭すように喋り出す。


「君たちは聖教会の偉い人の命令でこんな帰らずの森の奥地まで来たんだろうけど、命令した偉い人たちは今頃お前さんたちのことなんか忘れて、いつもと同じように贅の限りを尽くしていると思うよ。」


疑う余地も無い騎士団長が必死になってアルベルトに


「そんなことは無い。大司教様などは寝る間も惜しんで、我々の無事を一生懸命に神に祈ってくださっているはずだ。」


アルベルトはお構いなしに言葉を続ける。


「ピュアなお馬鹿だなお前は、だいたい貴様らの宗教なんてものは、人間の都合良いように神の形や教えを作り替えて、都合の良いように利用して、信者や貴族や王室から金を巻き上げて国を私利私欲で社会を腐敗させ、教会自身も自分自身も腐敗していることに気付くこと無く本来あるべき信仰の道を大きく外して終わらすんだよ。神のご意志なんて最初から何も無いんだよ。神は人間に何も望んではいないんだよ。」


騎士団長は顔を真っ赤にして


「そんなことは無い。大司教様は毎日毎日、神の言葉をお聞きなっておられるのだ。」


アルベルトはすこく呆れて騎士団長を哀れに思いながら続ける。


「では何故、教会の上層部の人間は少年信者を夜になると自室に招くのだ? わざわざ貧しい農村の幼い娘を教会で働かして昼夜構わず自室に連れ込むのはなぜだ? 信者の美しい人妻を悪魔祓いと言って祈祷室でいかがわしい行為をするのはなぜだ? 答えてくれ。」


雪が少し強く降っている。


「・・・・・」


騎士団長からの回答は無い。


騎士団長の鎧の上にも薄く積もり始める。

地面にはすでに2センチほど積もっている。

アルベルトの周辺1メートルは結界を張っているのか雪が積もらなかった。


アルベルトが静かに言葉を続ける。


「あのね、僕も神は絶対いないなんてことは言わないよ。人はそれぞれ信じたいものを信じれば良いと思っているよ。でもね、神の言葉を聞いたなんて言ってる奴は全員ペテン師だよ。なぜならば、神は我々になにも言わない。神は私たち人間に対して最初から何も求めない。よく考えてみろどうして信仰にあんなにもお金や権力が必要なんだ? どうして信者が飢えているのに教会上層部のおっさんたちには贅沢な食事や酒が必要なんだ。どうして毎年何人もの処女が必要なんだ? どうして平和を願う宗教が君たちみたいに武装する必要性があるんだ? そして従わない者を暴力で排除する必要があるのか? 君の宗教は答えられるのか? 」


アルベルトの言葉を聞いてかき消す様に顔を真っ赤にして横に振って叫ぶ騎士団長。


「うるさいうるさい!!! 神を知ったような口を聞くな!!! この異端者め、神よこのモノを清めたまえ。」


ムーリンが素早く剣をアルベルトの胸に向けて体ごと突っ込んでくる。

アルベルトは避けることもなく、両手を広げて目を瞑ってその攻撃を受け止める。

アルベルトは少し笑いながらムーリンに呟く


「やってることは完全に悪の組織だな。本当に宗教の仮面って便利なんだな。」


ムーリンが剣をアルベルトの胸の奥深くに押し込む


『グサッ』


騎士団長ムーリンの剣がアルベルトの心臓に深く刺さり剣が背中に突き抜ける。

アルベルトが口から血を少し溢しながら


「さすが、騎士団長。剣捌き狙いが的確だ。頭がお花畑でなかったら番犬として私が飼いたいぐらいだ。さて、それでは今度はこちらの攻撃です。罠発動」


アルベルトが指を鳴らすとアルベルトの心臓あたりに小さな無数の魔法陣が浮かび上がる。

魔法陣一つ一つが光出しその光が剣から広がりムーリンを包み込む。


「何?」


「光魔法罠・浄化という魔法ですよ。安心してください君の今までの行動が正しければ浄化されても何も起きませんよ。」


違和感を感じたムーリンが剣を抜こうとするが剣がアルベルトから全く抜けない。

慌てて剣から手を離そうとするがムーリンの手は剣から離れる事は無かった。

ムーリンが剣と共に光に包まれ断末魔もなく塵になっていく

アルベルトは優しく塵になったムーリンに呟く。


「やはり、あなたの今までの行動は不浄でしたね。さぁ、魂となって今までのあなたの罪を永遠に神に許しを乞いなさい。」


風が塵を寒空の下に吹き飛ばしていく

何事もなかったかのような静寂が魔の森に戻ってくる。

雪が静かに降り積もっていく。

結界が切れたアルベルトにも静かに雪が降り積もる。


胸から血を流して1人立ち尽くすアルベルトは何かを思いついたように


「そうだ。賢者の石って病気治療や不老不死の効果があるって言われてる伝説の石だったよな。私は何回も魔力を補充して使える魔石の代わりとしか思っていなかったから完全に忘れていたよ。この石を私の胸の致命傷の傷口に入れたら、もしかして命の水の効果でみるみるうちに致命傷が回復して私はまた生きられるのかな。賢者の石だけに永遠の命なんて得られたらどうしようか。ククク、こんな死にそうになる機会二度と無いからとにかく実験しないと勿体無いよな。」


激痛に耐えながら胸の傷口に拳大の賢者の石を入れる。

ワクワクしながら目を瞑って待つアルベルト


しばらく体の変化を待ったが何もも起こらなかった。


「おいおい、何が賢者の石だ! 何が不老不死伝説だ。全くファンタジーじゃない。何も起こらん。使えなさすぎだな。何でこんな石みんな欲しがるんだ。全く理解できん。それと計画性のない実験は全くだめだ。やはり段取り八分でしっかり計画しないとな。実験は失敗だな。」


ガクッと膝をつき「ゲホッ」口から大量の血を吐くアルベルト

白い雪の上に真っ赤な血が紋様のように飛び散る。


「うぁ、雪の上の血が綺麗だな。おっと、血がちょっと流れすぎてるな。視界が狭くなってきたぞ。もうすぐこの世界ともおさらばだなぁ。来世では上手くやれるかな? 全て上手くいきますように・・・嗚呼、この雪が人間の醜い部分を全て白く綺麗に消してくれればいいのにな。美しいなぁ。嫌いな季節だけれども死ぬには丁度いい。」


そういうとアルベルトはゆっくりと両掌を空に向けて上げた。

そうするとアルベルトの上空に大きな魔法陣が広がり光の柱が現れる。


その光の柱に吸い込まれるように

アルベルト・ラジアスの体は光の粒子になって天へ消えていった。





▪️あとがき

無事転生に旅立ってくれました。

読んでくれた人ありがとう。

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