第21話 黒竜

「で、ファジルの兄弟子さんは、何で先に行くなと言うのかしら?」


 話を元に戻そうとしたエクセラの言葉に、ファジルは心の底から嫌そうな顔をしてみせた。それに対してガイは嬉しそうな顔をしている。きっと、兄弟子という言葉の響きが、偉そうで気分がよいのだろうとファジルは思う。


「おう、この先に黒竜が棲みつきやがってな」


「黒竜って、あの雷を司っている竜か?」


 ファジルの言葉にガイが頷く。


 先日の火蜥蜴もそうなのだが、黒竜などの竜種が人里近くに現れることなど聞いたことがない。そもそも、切り立った山々の頂上付近に生息しているのが竜種のはずだった。


「最近、魔族の連中がちょろちょろしているって話だし、その影響もあるのかもな」


 ガイがもっともらしく頷きながら言う。火蜥蜴の時もそうだったが、魔族と魔獣はどんな関係があるのだろうかとファジルは思う。生態的には両者には何の関係もないはずだった。


 単に嫌なことがあると人族は何でも魔族に責任を転嫁しているだけなのではないだろうか。そんなことをファジルは頭の隅で思う。


「そういうわけで、この先には進まない方がいい。何、いずれは黒竜もどこかに行くだろうからな。それまでの我慢だ」


 そうなのだろうかとファジルは思う。黒竜が人里近くに現れた理由も分からないのに、再び人里から離れて行くという保証はどこにもないような気がする。


「珍しく難しい顔をしてるわね。まさか退治しようなんて思ってないでしょうね」


 珍しくとは随分と酷い言われようだ。ファジルはそう思いながらエクセラに顔を向けた。


「相手は竜だからな。流石にそれは無理だろう。だけど、何で竜が人里近くに現れたのかが気になるなって思っただけだ」


「確かにそうね。火蜥蜴の件もあるしね。不思議と言えば不思議よね」


 エクセラの言葉にガイが不思議そうな顔をする。


「火蜥蜴って何の話だ?」


「サガの村っていう小さな村に火蜥蜴が出たのよ。色々あって、私たちがそれを退治したのよ」


「火蜥蜴をお前らで退治したのか?」


 ガイが素直に驚いた顔をする。


「ファジルが火蜥蜴を真っ二つにしたんですよー」


 カリンがぴょんぴょんと跳ねながら、嬉しそうに満面の笑みで言う。


「まあ、俺だけの力じゃないけどな。でも、俺たちが火蜥蜴を退治したのは本当だ」


「ほう、それは凄いな。流石、俺の弟弟子のことだけはある」


 ガイが納得したように頷いている。


 いや、あまり弟弟子を全面に出されたくないのだが。

 ファジルが困ったような顔でエクセラを見ると、エクセラもファジルの思いが分かったようで苦笑を返してくる。

 

「まあ、弟弟子だから凄いのかは置いておくとしても、黒竜は厄介よね。このままじゃあ、いつ先に進めるのか分からないじゃない」


「何だ、急ぐ旅なのか?」


 ガイの問いかけにエクセラは赤色の頭を左右に振った。


「そうではないのだけれど……」


「大体、何の旅なんだ? 若い男女と天使族。妙な組み合わせだぞ」


 ガイが今更ながら気がついたような顔で言う。それに対してカリンが嬉しそうな顔で口を開く。


「ファジルは凄いんですよー。勇者になりたいんですよー」


 カリンの言葉を聞いてガイが複雑そうな顔をファジルに向けた。


「勇者になりたいって……お前、やばい奴なのか?」


 いや、正義の盗賊を標榜している奴に真顔で言われたくはないのだが。


「いや、俺は勇者になるって言ってるんじゃなくて、勇者になりたいって思っているだけだ」


 ファジルの言葉に今度は救いを求めるような表情でガイはエクセラに顔を向けた。それに対してエクセラは無言で赤い頭を左右に振る。


 それでガイは何かを悟ったのか、片頬を引き攣らせた。カリンだけは一連のやり取りがよく分かっていないのか、ほえーといった顔をしている。


「ま、まあ、夢ってやつを持つのはいいことだからな」


 微妙な雰囲気を取り繕おうと思ったのか、ガイが片頬を引き攣らせながら取ってつけたようなことを言う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る