第20話 弟弟子

「お、おい、大丈夫か?」


 へろへろ光弾とはいえ、至近距離でそんな物を後頭部にぶち込まれたのでは流石に可哀想になってくる。ファジルは後頭部を押さえてしゃがみ込んだ男に片手を伸ばした。


「痛えぞ。本当に痛えぞ。急に何だ。この餓鬼は?」


 男は片手で後頭部をさすりながら、残る片手で差し出されたファジルの手に掴まって立ち上がる。


 カリンは男に非難の目を向けられても変わることはなく、ぷんすかと怒っている。


 男はそんなカリンを呆れたような顔で見た後、ファジルに濃い茶色の瞳を向けた。


「まさか、師匠が同じだとはな。世間が狭いって言うのは本当らしい」


 男はそう言って屈託なく笑いながら言葉を続けた。つい先刻まで、本気で剣を交わしていたのは何だったのかと言いたくなってくる。


「まあ、あの飲んだくれに俺が教わったことなんて、多くはねえけどな」


 そう言って笑う男をカリンが不思議そうな顔で下から見上げている。


「あれえ? 仲直りをしたんですかー」


 まあ、そういうことなのだろうなとファジルは思い、不思議そうな顔をしているカリンに向けて軽く頷いた。


「俺はファジルだ。名前は?」


「俺はガイ。正義の山賊だ」


 ……また出た。謎の言葉。正義の山賊。

 ファジルの隣でそれを聞いたエクセラの頬が派手に引き攣っている。


「まあ、正義かどうかは置いとくとしてだな……」


 その疑問を解消しようとすると袋小路に入り込みそうな気がして、ファジルは敢えてそう言った。


「おい、置いとくんじゃねえよ。大事な部分だぞ。山賊の集団を退治したら、頭目になってくれって泣きつかれてよ……」


 しかし、ファジルの思いに反してガイは勝手に話始める。どうやら真意を話したいらしかった。


「……頭目になるのは構わねえが、悪さをするのは性に合わねえ。そこで、俺たちは悪さをしない山賊を名乗ることにしたわけだ」


 ガイがどうだと言わんばかりに軽く胸を張っている。


 ……非常に残念だが、やはり意味が分からない。ついでに言えば、胸を張る意味も分からない。

 悪いことをしないのはいいのだが、悪いことをしないのであれば、山賊を名乗る必要がないのでは……。


 そう思いながらファジルがエクセラに視線を向けると、エクセラはやはり先程と同じく派手に頬を引き攣らせている。カリンにいたっては意味が全く分からないようで、呆けたような顔で小首を傾げている。


「そうか。まあ、何となくの事情は分かった。大変だったんだな。じゃあ、俺たちは先を急ぐから……」


 エクセラではないが、やはりあまり関わり合いにならないほうがよいのかもしれない。ファジルはそう判断して、歩みを進めようとした。


 そのファジルをガイは片手を伸ばして遮った。


「弟弟子、この先は危ねえんだって」


 ……弟……弟子。

 また新たな単語が出て来たとファジルは思う。


「いや、弟弟子はちょっと……」


 ファジルの言葉にガイは不思議そうな顔をする。


「何でだ? どう考えてもお前は俺の弟弟子だろう。俺が飲んだくれに剣を教わったのは十年以上も前だからな」


 まあ、確かに間違ってはいない。ただ、響きが微妙なだけだ。ファジルはそう思いながら口を開いた。


「普通に名前で呼んでくれ。それと彼女はエクセラ。隣はカレンだ」


 ファジルが紹介すると、ガイはカリンの背中に濃い茶色の瞳を向けた。


「その翼……天使族か?」


 そう言われて嬉しいのか、カレンの背中にある翼が嬉しそうに動く。何だか犬の尻尾に似ているような……。


「えへっ。そうなんですよー。ぼくは天使族なんですよー」


「初めて会ったぞ。しかも、天使族が人族とつるんでいるなんて、聞いたこともねえ」


「ほえー? ファジルはぼくの恩人なんですよー。だから、ぼくはファジルを応援してるんですよー」


「そ、そうか」


 ……応援。

 カリンの返答に何かを感じ取ったのか、ガイは微妙な顔をしたままで、それ以上の言葉を返すことはなかった。どうやら、へろへろ光弾を後頭部に撃ちこまれたが、それによるわだかまりのようなものは持っていないらしい。よく言えば、気のいい男なのかもしれなかった。

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