第2話 違いが分からない
ファジルの沈黙にエクセラが眦を吊り上げた。怒りの波動でエクセラの赤毛が宙を少しだけ泳いだ気がする。
「何、その沈黙は? 幼馴染みの美少女が一緒に行くって言っているのよ」
エクセラが胸を反らす。それに合わせて他者と比べると遥かに大きめの胸が宙で揺れた。
いや、自分のことを躊躇いもなく美少女って……。
確かに一般的には美少女の部類に入るのかもしれないけど……。
でも、二十歳になるのだから、少女でもない年齢のような……。
ファジルは心の中で呟きながら目のやり場に困って、あらぬ方向を見て口を開いた。
「エクセラ、お前はこの春から宮廷魔導士になるんだろう? 王宮に出仕するって俺は聞いたぞ」
エクセラは王立の魔法学院を本人曰く、優秀な成績で卒業したらしい。実際、二十歳そこそこで卒業できるのは珍しいはずだった。どの程度なのかといったことはあるのだろうが、優秀であることには間違いないように思える。
加えて王国が抱える宮廷魔導士になれる者だって、ほんの一握りのはずだった。それだけを見ても、エクセラが優秀な魔導士であることを証明しているのかもしれなかった。
「だからな、一緒に行くっていっても……」
決定的に否定する言葉を口にすることは流石に躊躇いがあって、ファジルは言い淀む。エクセラはそんなファジルを気にする素振りなどは見せずに、自身の疑問を口にしてきた。
「大体、ファジルはどうするつもりなの。街を出てどこに行くつもり? 勇者になるって言うのは勝手なんだけどさ」
「いや、違うぞ、エクセラ。俺は勇者になるって言っているわけじゃない。勇者になりたいって言っているだけだ」
そこだけは譲れないとばかりに、ファジルはエクセラの言葉を明確に否定してみせた。
「はあ? 馬っ鹿じゃない。違いが分からないわよ。っていうか、そんなことはどちらでもいいわよ。それより、どうするつもりなの。どこに行くつもりなのよ?」
「どちらでもいいって、何だよ。それに、どこに行くつもりって。エクセラ、本当についてくるのか?」
ファジルが不満げに言った瞬間、エクセラにファジルは灰色の頭を叩かれる。
……痛い。結局、叩かれた。
ファジルは心の中で呟く。
「そう言ったでしょう。それも何度も!」
昔からそうなのだ。エクセラは何かと口よりも先に手が出る。
「で、どうするつもりなのよ」
「い、いや、取り敢えず大きな街に行こうかなって……」
「大きな街って?」
「……まだ、決めてない」
「大きな街に行ってどうするの?」
「……まだ決めてない」
ファジルが口を開く度に、エクセラのこめかみが痙攣するのが見てとれた。
「だ、だから、エクセラもついてこない方がいい。何の計画性もない旅なんだから。エクセラも一応は女の子なんだし、旅の途中で魔獣に出くわしたりしたら危ないからな」
エクセラの痙攣するこめかみを見ながらファジルは一気に言う。自分で言うのも頭が悪そうな気がするのだったが実際、旅に出るということ以外は何も決めていないのだから仕方がない。
やっぱりと言うべきか。
結局、頭を叩かれる。叩かれた頭をファジルが摩っていると、エクセラが口を開いた。
「一応は余計でしょう。それに、私が危ないわけないじゃない」
エクセラは自信満々に言うと再び胸を反らす。それに合わせて大きな胸が再び宙で揺れる。何かと破壊力がある光景だ。
「私は魔法学院を主席で卒業した魔導士なの。自分の身ぐらいは自分で守れるんだから。心配なのはファジルの方でしょう。すぐにファジルなんて魔獣に頭から食べられちゃうんだから」
「ファジルなんてって何だよ。お、俺だって自分の身は自分で守れるさ。だから、魔獣に頭から食べられるなんてことにはならない。今日のためにこれまで剣の鍛錬だってちゃんとしてきたんだ。それも毎日。エクセラは魔法学院に行ってたから、そんな俺を知らないだけだ」
今度はファジルが胸を反らす番だった。だが、ファジルの反論にエクセラは冷ややかな笑みを浮かべてみせた。
「剣の鍛錬って、あの飲んだくれが教えている道場でしょう?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます