勇者になりたくて 〜誰が勇者を殺すのか〜

yaasan

第1話 旅立ち

 勇者になりたかった。

 子供の頃に寝物語で聞かされたような勇者に。

 子供の頃に読んだ物語の中に出てくるような勇者に。


 苦しむ民を救う。囚われた王女を救う。仲間を救い、助けて苦難の末に絶対的な悪を打ち倒す。


 世界を救う。

 そんな勇者になりたかった。


 だが、いつからかファジルは気がつくことになる。自分はどうあっても、憧れているような勇者には決してなれないことに。


 いつか読んだ物語のように王国から、あなたこそが伝説の勇者なのですと伝えにくる使者などはいなかった。両親も含めてファジルは普通の庶民でしかなく、騎士でも貴族でも、ましてや王族の身分でもない。魔法も使えないし、勇者が持つとされる伝説の武具だって持っていない。勇者として因って立つところが一つもないのだ。


 成長するに従って、そのようなことをファジルは嫌でも次から次へと気づかされていく。

 だから、そんな自分が決して勇者にはなれないことに、いつからかファジルは不本意ながらも自覚することになる。


 だけれども、それでもファジルは勇者になりたかった。なれないと分かってはいても勇者になりたかった。


 そして十九歳となった朝、ファジルは旅立つことを決意する。


 旅立ったところで、勇者になれないことは百も承知だった。十九歳にもなって、そこまで頭がお花畑ではない。でも、それでもこの小さな街に留まっていたところで、勇者になれないことも事実だった。


 育ててくれた両親にお詫びを込めた別れの手紙を残して、ファジルは長年愛用している少しだけくたびれた長剣を腰につけて旅立ったのだった。





 勇者になる。いや、なりたい。

 そんな決意と少しだけの期待を胸に秘めて街の外れまでファジルが来た時だった。


 右手にある大木の影から聞きなれた声がファジルを呼び止めた。


「ちょっと待ちなさいよ。馬っ鹿じゃない。勇者になるって、本当に出て行くつもりなの?」


 聞きなれた声なのも当然で、大木の影から姿を現したのは幼馴染みのエクセラだった。僅かにそよぐ風が、大木の脇から姿を見せたエクセラの肩まで伸びる赤毛を揺らしている。


 大木の陰から急にエクセラが現れて、ファジルは驚きの表情を浮かべる。


「エクセラ、何でここに?」


「どうしても、こうしてもないわよ。ファジルは十九歳になったら旅立つんだって、いつも言っていたじゃない。勇者になるから旅立つんだって。それこそ小さい頃から」


 エクセラは両手を腰にあて、正面からファジルを睨みつけるように立ち塞がっている。その深緑色の瞳には、明らかに怒りの色がなぜか浮かんでいた。なぜ自分がこうしてエクセラに睨まれているのか分からない。


 そもそも正直に言えば、ファジルはこの一つ年上の幼馴染みが子供の頃から苦手だった。もっと言えば、幼い頃などは虐められて泣かされた残念な記憶しかない。


「久しぶりに街へ帰ってきたと思えば、ファジルがまだそんなことを言っているって聞いてね。もしかしたらと思っていたんだけど」


 もしかしたらということだけで、朝早くからこんな街の外れでエクセラは自分のことを待っていたということなのだろうか。


「ちょっと、何、呆けた顔してるのよ。何か言いなさいよ!」


 そんなファジルを見てエクセラの声が苛立ち混じりとなる。


「い、いや、言いたいことは色々とあるんだが……」


 ファジルは言い淀む。そうなのだ。この状況において訊きたいことは沢山あった。でも、それらのどれもが口にしてしまうとエクセラが怒りだしそうな予感もあった。


 昔からエクセラを怒らせると何かと面倒なのだ。それは幼い頃からファジルに刷り込まれた恐怖の記憶といってもよかった。


「え、えっと、エクセラは俺を見送りにきたんだよな?」


 なるべく当たり障りがない問いかけとしてファジルは考え抜いて、まずはその疑問を口にした。


「はあ? 何で私がファジルの見送りをするのよ。朝早くから見送りするためにこんな所で待っているほど、私は暇じゃないんだから。馬っ鹿じゃない?」


 ……考え抜いた疑問は瞬殺されたようだった。

 ……ますます意味が分からない。


「いや、じゃあ何で……」


「一緒に行くからでしょう」


「……」

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