第3話 獅子王の剣

 確かに道場主であり、ファジルの師匠でもあるジアスは飲んだくれだ。それは間違いない。否定はできない。しかも飲んだくれというか、常に飲んで酔っ払っている。


 それでも剣の腕は確かだとファジルは思っていた。王宮直属の騎士だったと言う話は、あながち嘘でもないとファジルは信じているのだ。


「あんな飲んだくれに教わった剣が役に立つのかしら。それに、悪いけどその剣も……」


 エクセラはファジルの腰にある見るからに粗末な長剣に深緑色の瞳を向けた。


「何だよ、その目は? 名のある剣ではないけど、使いやすい剣だぞ。少しだけ古びているかもしれないけど……」


「なに言っているのよ。そんな剣だと魔獣の牙に当たっただけで折れちゃうわよ」


 残念だが反論はできなかった。実際、ファジル自身も少しだけ不安だった。しかし、剣は高いのだ。十九歳の身で簡単に買えるものではない。


 それに剣は剣のそれ自体が重要なのではなくて、それを振う者の技量が大事なのだ。

 ……と、酔っ払いながら呂律が回らない口調で師匠が言っていた。

 酔っていたとはいえ師匠が言っていたから……多分、そうなのだ。特に今はそう思うことにしている。


 ファジルが意気消沈して黙り込んでしまうと、エクセラが少しだけしまったというような表情を浮かべたようだった。


「ほら、そんな情けない顔しない。別に私だって悪口を言いたいわけじゃないんだから」


 ……いや、さっきから悪口しか言われてない気がするのだが。

 

 ファジルが心の中でそう呟いているとエクセラが、ちょっと待ってなさいという言葉を残して大木の裏へと行く。次に彼女が大木の裏から出てきた時にはその両手には長剣が握られていた。


「エクセラ、そいつは……」


 エクセラが両手で持つ長剣を見て、ファジルは思わず絶句する。煌びやかな装飾が施されているわけではないが、その鞘は自身の重厚さを醸し出すかのように鈍い光を放っていた。


 柄にも過度な装飾などはないのだが、見るからに上等そうな皮が丁寧に巻かれている。さらに柄の端には獅子の装飾が施されていた。


「えへ、持ってきちゃった」


 エクセラがぺろりと舌を出す。


「持ってきちゃったって、これは……」


「うん。家に代々と伝わる獅子王の剣よ」


 エクセラが事も無げにさらりと言う。

 ……獅子王の剣。

 ファジルも聞いたことがある。エクセラの家は先祖を辿っていくと高名な騎士に繋がる家系らしい。その高名な騎士の末裔が何故、さして大きくもない街で商人なんぞをしているのかは分からないのだが。


 何にせよ、その価値も含めて由緒の正しい剣であることは間違いない。


 だが……。

 いや、まずいだろうとファジルは普通に思う。


 持ってきちゃった。

 そう言い放ったエクセラの姿は可愛かったのだが、世間ではそれを泥棒と言うのではないだろうか。いや、家族だから泥棒ではないのか?


 いやいや、そんなことはどうでもよくて、持ち出していいはずの代物ではないことは間違いなかった。


 顔を引き攣らせたファジルを見てエクセラが口を開いた。


「情けないわね。何、青い顔をしてるのよ……私とファジルが一緒になればいいだけじゃない。そうすれば、必然的に私の家の物はファジルの物になるんだから……」


「え、私と俺が……よく聞こえないんだけど?」


 ファジルの言葉にエクセラは慌てた様子で赤色の頭を左右に振った。なぜか少し顔が上気している気がする。


「さ、さあ、さっさと行くわよ。取り敢えずはこの山脈を越えて東にあるグランデを目指すわよ。グランデは王都に次ぐ大きな街だから、お金も稼げるだろうし、今後のことを考えるには最適なんだから」


「ち、ちょっと待てよ。勝手に決めるなって。それに、まだこの剣のことを……」


「勝手にって、ファジルは何も決められないでしょう。実際、何も決めてなくて、ただ歩いてただけなんじゃない?」


 ただ歩いていただけ。

 それは事実なのだが、そのような言われ方をすると、自分がとてつもなく頭が悪い人間に思えてくる。エクセラはそんな感想を抱くファジルには興味を示さずに、どんどんと歩みを進めて行く。


「エクセラ、待てって。王宮に出仕するって話だってどうするつもりなんだよ」


 ファジルは慌てて歩き出したエクセラの後を追う。


「はあ? 今更、そこが疑問なの? そんなの辞めたに決まってるじゃない」


「お、おい、大丈夫か? きっとエクセラの父さん、めちゃくちゃ怒るぞ。こんな剣も勝手に持ち出したんだし」


 ファジルはエクセラの父親を思い出しながら言う。商人とは言え元は騎士の家系のせいなのか、エクセラの父親は厳格な人だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る