第20話 混ざる七十九回目
真広はその後すぐに、過ごしやすそうな老人ホームの個室へ入った。風呂とトイレは別々だし、部屋自体も広い。ベランダだって付いている。かなり高価な感じだが、必死に財産を残す必要もない真広だから、好き勝手にやったらいい。
真広はのんびりと暮らし「心配事は僕が毛利くんみたいに認知症になった場合、超能力がどうなるのか不安なだけです」と言っていた。というのも、真広は完全に死後の身の振り方を考えており、墓や寺は花川家の世話になるとか、自分の骨壷に私の粉末を入れてくれとか、その手間代わりに遺産を渡すとか。まぁ真広から考えれば完璧という所だろうか。そのせいか、最近は「超能力で迷惑を掛けたくないから、ぽっくり行きたいなぁ」が口癖のようになっている。私としては、真広の遺骨を見つめながら墓の下で過ごす日々を容易に想像してしまうので、かなり寂しい気分だ。
もう喋ってくれない、動いてくれない真広。
同じく喋れない、動けない私。
まぁそんな私を真広は愛し続けてくれたので、今度は私の番かなぁという気もする。もしも強く願えば、ご両親と揉めていた時のように、粉ごと消え失せる事も出来そうだが――それは何だか、真広に申し訳なかった。私は一秒でも長く、生きている真広と一緒に居たいと願う。
このような私の夢は、わりと儚く終わった。ある晩、真広がベッドの上で妙な喋り方を始めたからだ。
「ああ……かららのはんしんふるい、ひゃべれらい、のうこうそくれすれ」
これは絶対におかしい、断片的にしか何を言っているのかは判らないが、とにかく自分で脳梗塞と診断しているのが理解できた。ベッドの脇には備え付けのナースコールみたいなボタンがあるから押せば解決。なぜ私の身体は動かないんだろうか。真広だって押そうと思えば超能力を使えばいいはず。でも頑張っている気配は一切無い。それよりも片手で私が入った巾着袋を握りしめ、視界を奪う。だから私には真広の鼓動と声しか聞こえない。
「はぁ……あいかさん、すきれす、れーださん、すきれす……あいひてます……」
真広は七十八回目の告白を繰り返しながら動かなくなった。心臓が停まっても視界が奪われたままだから、未だ巾着袋を握っていると思われる。
「私が好き? そんなのとっくに知ってるよ、馬鹿!! ついでに言うけど、私だって真広が大好きよ!!」
「ホントですか!? 嬉しいです!」
「……はぁ!? 私の声が聞こえんの!?」
気づくと私の傍に、何度も頷く真広の魂が浮かんでいた。粉の私と同じくらいの大きさだ。その姿は、私と真広が出会った頃みたいに若い。自分の手や巾着袋をすり抜けて、私に近づいて来たと思われる。
「なんだ、僕って死んだら愛華さんと喋れるんですね。だったら早く死ねば良かったなぁ」
「いやいや、全身が石像になった時、私は視えなかったでしょ。たぶん医者として沢山の命を救ったから、神様がサービスしてくれたんじゃないの?」
「ですかね? そう思えば……しっかり引退して、死後の事まで決めてから倒れたのもサービスの内かなぁ……?」
真広はどこか別の所を見て、ふむふむと頷いた。私は「確かにそうかもしれない」と一瞬だけ思ったが、いや違うだろと声を上げる。
「ちょっと! 倒れた時に、あのナースコールみたいなボタンを押せば、まだまだ生きてられたんじゃないの!?」
「うーん、脳梗塞は生き残っても後遺症が割と多くて……そこから死ぬまでに超能力が暴発しても何ですし」
「真広は優等生過ぎるんだよ!」
「ふふ、こんなんでも昔はヤンチャでしたよ」
「中学生の頃の話?」
そう聞き返したところで、真広が周囲のあちこちを見つめた。眩しい光を感じるらしいが、私には何も見えない。
少しだけ考え込んだ真広が、私に向かってかなり寂しそうに言う。
「……僕はどうやら成仏するみたいですね。さっきから『早く成仏しなさい』と誰かに言われまくってますし、背中の辺りが引っ張られてます。ちょっと抵抗できない」
「そうか……今度は私が骨壷の中で、真広を見守るからね」
「ありがとうございます……!」
真広は約束の証と思ったのか私の粉に触れる。すると真広の魂と私の粉が混ざった。これには二人して「えっ!?」という声を上げる。
「……うーん。愛華さんと混ざっても、引っ張られる感覚が止まりません。もしかしたら、僕と混ざれば愛華さんも成仏出来るんじゃないですかね?」
「そ、そうなの? だとしたら凄い事よね、でも真広のお骨を守る役目が――」
「こうなれば残された骨はどうでもいいです! それより愛華さんを連れて行く方が重要なので!」
呪いによってこの世に固定化された私が、もしも真広と一緒に成仏出来るなら、どれだけ幸せだろうか。しかも真広は、骨壷の中で永遠の孤独を過ごす必要は無いと言ってくれた。
「少し都合が良すぎるんじゃないか?」と考えていた私に対し、真広はコホンと咳払いする。
「ええと……愛華さん、大好きです。僕の魂と混ざって貰えませんか?」
「真広がそれでいいなら、断るわけないでしょ!」
「……か、かなり嬉しいですね……ありがとうございます!」
喜んでいる真広は照れ笑いしていた。告白され始めた頃の姿なので、少年の笑顔という感じだ。確か真広は中学二年生で、私が二十六歳だったか。そこで一回目の告白を受け、現在は――。
「私たち、七十九回目で混ざるんだなぁ。どっちかを置いて行くでもなく、離れるでもなく、見守るでもなく……」
「その、何回目ってやつ、以前も口にしてましたけど、どんな意味が?」
「……ま、真広に『愛してる』とか言われた回数。ただし、連呼された場合は除く」
「そんなのカウントしてくれてたんですか!? 可愛いなぁ愛華さんは……!」
真広が私にキスすると、その唇を起点に私と混ざり始めた。次に抱きしめられれば、身体全体が同化していく。ついでに、私が大理石になってからの真広への想い、真広が私に伝え切れなかった感情も溶け合って――互いに何もかも理解し、偽りの無い愛が確認され、その際バレてしまった小さな嘘にはクスッと来たりして、まるで天にも昇る思いだ。いや、実際天へ昇っていたに違いない。この世から消える運命を背負った真広に引っ張られ、私の意識も薄れていく。私は頑張って、身体のどこかから声を出してみた。
「私、すごい幸せだったよ!」
「ええ、僕も幸せでした!」
その先、私は自我を保てなくなる。私と真広の関係は本当に色々あったけれど、最期に聞けたのが真広の「幸せ発言」だったから、終わり良ければ全て良しで、最高な人生だったと言い切ってしまえ。ありがとう。
混ざる七十九回目 けろけろ @suwakichi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます