第19話 悲喜こもごも
そんな真広は気軽な旅行程度だったら、体力と相談しつつ出掛ける事ができた。国内ならあちこちに行ったが、海外は負担が大きいのか今のところ一回だけ。場所はミネアポリス。特に観光スポットがある訳でもないらしいから、中学生の時に少し住んだ思い出に浸りたかったのだろう。そんな理由も悪くないと思う。
私としても楽しかった。空港から出て乗った高速道路の車線が「はぁ!?」というくらい多くて、しかも無料というのに驚く。
あと、スーパーがめちゃくちゃ広い。野菜を洗ってカットするのも面倒なのか、サラダのバイキングが存在。ジャガイモがクソみたいに安い。おかしいよ、何個あるか数えられないほど入っているのに一ドルって。しかしリンゴはエラく小さかった。一つずつ剥いたら気が狂いそうなので、多分ジューサーか何かに入れられるのだろう。
お菓子の毒々しさもさすがアメリカ。絶対に食べ物じゃない色合いをしている。牛乳は自然な物が一つも無くて、全て脂肪の量が調整されていた。でも一パックの量が約四リットル、つまり一ガロンだし、それを何本か買っていく人も居るから、結局の脂肪摂取量は日本人と変わらない気がする。
まぁこんな感じで、私からすれば単なるスーパーでもカルチャーショックの連続だ。真広はお菓子コーナーで「はは、懐かしい」と言って、レインボーカラーなミミズ型グミを購入。ホテルでにこにこ食べていたから良かった――んだろうか。真広の健康が害された気もする。
その他に真広は散弾銃を使ったクレー射撃を楽しんでいた。オレンジ色のクレーは結構な頻度で真広に撃たれてくれるのだが、休憩の時に真広が鎖骨辺りを擦っていたので身体には負担かもしれない。
その辺りの話題は剥製だらけの事務所みたいな場所で、他の人間に言っていたようだ。しかし私には意味不明。理由はシンプルに『英語だから』で――しかし真広は私が会話可能と思っているらしく、時おり巾着袋に英語で話し掛けてくる。英語の雑談中なので、ついつい私に対しても英語を使ってしまうのは理解できるが。ただまぁ射撃場から出た真広が日本語に戻ってくれて、「クレー射撃は中々面白いですよ、愛華さんとやりたかったなぁ」と呟き、声音も明るかったから何よりだ。
真広はしばらくミネアポリスに滞在していたけれど、携帯が鳴って通話を始めるとすぐ帰り支度を始めた。私へ「言いにくいんですけど、あの……吉岡さんが」と言ったきり黙ってしまい、結局は内容が解らないままだ。でも帰宅してすぐ喪服に着替えたので、真広が言えずとも十二分に伝わってくる。
真広は吉岡の通夜に間に合わず、告別式だけ参列した。吉岡の親族が「大往生だった」と言っていたので、多分これも寿命なのだろう。吉岡の奥さんは肩を落としており、声を掛けづらい雰囲気。真広は大久保と合流し、三人で安らかな表情の吉岡に挨拶だけさせてもらった。真広や大久保は「ご冥福を……」という感じだったし、私も元気だった頃の吉岡を思い出せば、身体が千切れるというか、粉が減った気分になる。でも私は「またね!」と吉岡に言った。湿っぽいのは似合わない男だなと思ったからだ。
式には毛利の奥さんも来ていて、それなのに毛利が居ないのは不穏な想像をさせる。真広が奥さんと話してみたら、毛利はやはりというか寝たきりになっていた。切っ掛けは引越しで、環境が変わったら認知症になってしまったと。認知症は花華クリニックで診ているらしい。
毛利の奥さんが言うには、室内をうろうろ徘徊し、先日は急に転んで腕を骨折したとか。苦肉の策で一部だけ身体を拘束すると、おいおい泣き崩れてしまうようだ。しかも毛利は介護士を敵とみなすので、奥さんはかなり疲れていると感じた。
真広は頼まれた訳でもないのに、その毛利を半分だけ引き受けると言い出す。自分が開業した花華クリニックに通っているし、長い付き合いなので毛利も敵認定しないかもしれない、いざとなれば超能力もある、と。昼は奥さん、夜は真広が面倒を看る事で何とかなると思ったようだ。そのため、もう老朽化した現在のマンションから、介護しやすいマンションへの移住を私に伝えてくる。
しかし毛利は、真広の世話を受ける事なく逝去してしまった。新米の頃から面倒見ていた毛利が――と思えば、吉岡を見送った時みたいに、粉が減ったような気持ちになる。「間に合わなかったなぁ」と呟く真広は、ずっと空を見つめていた。私が喋れたら「気にせず泣けよ」と言ってやるし、私も一緒に泣くのだが。
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