第9話 一つ目

 私は『この先も石像化が止まらない』と知った三日後くらいから、どんより暗くなったり、空元気になったりという不安定な状態に陥った。じわじわ現実が認識されて来たというところか。一度でも見出してしまった光明は、この呪いが始まった頃から築いてきた私の覚悟を簡単に吹き飛ばしてしまい――残されたのは、覚悟がゼロどころかマイナスになった私だけだ。そんな私の様子で花川くんも、既に持っていた落胆を隠し切れなくなり、学校は仮病で休んでいた。花川くんを学校へ行くよう叱咤激励するのが私の役目だけれど、気力と言葉が出てこない。


 でも二週間ほど経った頃だろうか。私の中に『残った人生をより良く過ごすべき』という考え方が生まれてきた。人間とは慣れる生き物なのだ。花川くんへ思った事をぽつりぽつりと語ってみれば、ゆっくり日常が戻ってくる。


 再び高校に通い始めた花川くんは、学業以外の時間をいつも私の傍で過ごしてくれた。花川くんが提供してくれる、食事、お風呂、歯磨き、髪結い、外出、下の世話、お喋り――その他諸々、言い尽くせない程の私への献身は本当にありがたい。もちろん抱かれるのだって嬉しかった。私も快楽に浸るけれど、何より花川くんが愉しんでくれている。


 私と花川くんの性行為は、ほぼ日課と化していた。私がいつ死ぬか判らないので、焦ってしまう気持ちは理解できる。ただまぁ、そのせいか花川くんも無理をしており、今日はバキバキの陰部を挿れたまま寝てしまった。

 花川くんは鍛えているけれど細身、でも全体重を掛けられれば結構息苦しい。動けない私には振り落とす事さえ難しかった。どうしたモンかなと思っていると、突然、私の身体の中から『ゴリ、ミシ、ギュ』等々、何とも表現しがたい音が聞こえてきた。それはお尻の方から始まり、だんだん胴体を上がってくる。ただ事では無いので必死の大声を出し花川くんを起こした。

「れーださん……おはようございます」

「お、私の身体、おかしくなってない!?」

「……あっ!!」

 一気に覚醒した様子の花川くんが絶句する。花川くんは無言のまま出掛ける支度をして、浮かせた私をいつもの病院へ連れて行った。すぐに検査が始まり、その結果、私は医者からとんでもない告知を受ける。

「はぁ!? 私の首から下が全部石化してるんですか!?」

「内臓も石になっているようです。この状態で生きているのが奇跡といいますか……もはや医療の出る幕では無い気がします」

「あー……ですよね。私もそう思います」

 それでも医者は入院を勧めて来たが、もう呼吸も食べ物も水も不要だし、あとは死亡判定くらいしかやって貰える事が無い。確か呼吸と脈拍の停止、瞳孔の拡大が判定基準だったと思うが、このまま行けば瞳孔も石になって終わる。なので医者に、私の全身が石になったら死亡判定をするようお願いした。その際、医者から「特殊な病気なので、ちょっとした調査をさせてください」と遠回しに遺体である石像の一時預かりを頼まれたが断る。こりゃあただの呪いであり、後世に役立ちなどしない。


 私は病院からの帰り道、言葉少なの花川くんに浮かされながら考える。そろそろ本格的に、死んだ後どうして貰いたいか考える必要性が出て来たからだ。

(うーん、石像の遺体なんて親戚一同ビックリするだろうから、葬式は止めておけと伝えるか。あとは財産も無いし、特に心配事なんか……あぁ、でっかいのが二つあった。まずは一つ目から片付けないと)

 その『一つ目』は、死亡判定されたら下りる生命保険金。受取人の父さんには仕送りしてくれた分にプラスして返せそうだ。私は保険金を大変お世話になった花川くんにも渡したくなり、急な事だが翌日私の関係者を全員アパートに呼んだ。でないと今にも首から上の石化が始まり、手遅れになりそうで怖い。


 私はベッドに寝たまま、両親へ育ててくれた礼を言い、葬式は要らない件も話した。その後、花川くんが私のパートナーであり、今まで下の世話まで看てくれた上に、ご両親からの仕送りまで提供している――と明かし、生命保険金から花川くんに一千万円渡して欲しいと何度も頼む。これは私が二千万円の保険に入っているからで、両親との半分こが妥当かなと思ったからだ。花川くんは大変に遠慮していたが、私の遺品の一部だと言えば黙る。ついでに私は両親へ、遺体である石像を花川くんに任せるよう頼んだ。


 ここで両親には一旦の退場を願う。友人や部下と気の置けない会話をしたいという理由だ。

 そう、この生々しい話には毛利と吉岡、大久保にも立ち会って貰っていた。もし私の両親が金に目が眩んでも、しっかり花川くんに一千万円を渡す立会人として。


 その後は、各々が私に対する別れの言葉を述べたが、どれもこれもそれらしくない感じと表現できた。まだまだ私が無事で済むと考えているのが丸出しだ。私にとっては楽観的な明るさが嬉しかったので、こっちも「また飲みに行こうよ!」とか「祝い事があれば呼んでね!」などで終わらせてしまう。でも、最後に毛利がぽたぽた泣いて「礼田さ……っ」と縋ってきたから台無しになった。

「どうしたー、毛利」

「ぼ、僕、店長がっ……居なくなったら……っ!」

「お前は大丈夫だぞ、なぁにウチの従業員は、誰も彼もが一級品だ」

「ありっ、ありがとうござっ……! ぐす……ヒッ……うええ……!」

「毛利ぃ、お前よぉ……ああー、もう!」

 ここで大久保がネタばらしを始める。どうやら毛利、大久保、吉岡は、辛気臭くならないよう、かなりの打ち合わせをしてくれたらしい。しかし作戦が失敗したので、そこから先は混迷を極める。皆が大号泣という感じで、私も釣られて泣いてしまった。でもまぁ、大久保が「花川との時間を減らしちゃなるめぇよ」と言えば肩を落としながらもアパートを出て行く。あいにく私は手を振れないから「今までありがとなー!」「一千万円の件頼むぜー!」と何度も声を掛けた。

 その入れ替わりに両親が戻ってきて、母さんは「馬鹿ね、余計な心配ばかりして……! ちょっとは親を信じなさい!」とさめざめ泣く。それから大き目の封筒が、父さんのお礼の言葉と共に花川くんへ手渡された。中身は一千万円。老後の貯えの一部だそうで、花川くんを気にしまくる私の為に用意して来たらしい。これで私もホッとした。その後は両親も早めにアパートから去る。二人が「花川くん、最期までよろしくお願いします」と頭を下げていたから、理由は大久保が言っていたのと同じだろう。

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