第10話 二つ目

 その花川くんは玄関のドアが閉じた途端、封筒を放り投げて私に抱きついてきた。強いキスばかりするので唇が腫れそうだ。私はその間隙を突いて花川くんに『二つ目』を伝える。

「少し難しい話になるけど、『生物としての礼田愛華』について問いたい。正直、内臓が石化した時点で既に死んでると思わない?」

「……亡くなったとは考えたくないですが、普通なら生きていられないですね」

「まぁ私は間違いなく死んでるよ。内臓が大理石になったからハッキリ判っただけで、いつから死んでたのか不明だけど。でも今こうやって首だけの私が『礼田愛華』を保っている理由は――呪いによって魂までもが変質し、石像に憑いてるからじゃないかなと推測した。いわば即席の付喪神ね」

「付喪神って、要はモノに憑く魂ですよね。でも、礼田さんにそういった気配は無いです」

 そう言いながら、花川くんが私を浮かせた。仰向けだった私は横向きに。だから花川くんとバッチリ視線が合う。何だか瞳の奥まで観察されている気分になった。

「うーん……やっぱり視えない」

「そこで考えたんだけど、変質した魂は生物に近く、だから一般人とコミュニケーションが取れて、超能力者には気配が感知されないんじゃない?」

「ちょっと待ってください、まだ礼田さんが生きてるという可能性も……いや、皮膚から内臓まで大理石なんですよね……すみません、少し時間が欲しいです」

 花川くんは頭のいい子だが、今までの常識を覆され混乱しているようだ。私は花川くんに言われた通り待った。


 やがて落ち着いたのか、花川くんは私を上から下まで舐め回すように見ながら声を掛けてくる。

「認めたくないですが、礼田さんは通常の生物の枠から外れていますね。しかし付喪神かどうかの判断も出来ないです。生物に近い、変質した魂か……なるほど」

「自分でも中々大胆な推測だと思うよ。ただまぁ、呪いだから何でもアリ。今までの経緯からして、全身が石像になっても『生きてる』可能性があるし」

 真剣な表情で考察に参加していた花川くんが、最後の一言でぱあっと明るい笑顔になった。

「全身が石像の礼田さんが『生きてる』……動けないけど会話可能、みたいな感じでしょうか。だとすれば、すごく嬉しいです! だから僕に石像を託してくれたんですね!?」

「まぁ意思疎通が図れるなら、ほぼ今まで通りだからね。むしろ下の世話やシャンプーの世話が無いだけ楽ちんだ。その場合は花川くんの好きにして」

「はい! 好きにします!」

「しかし、そうじゃない場合――コミュニケーションが不可能な時は問題なの。全身石像化した時に私の魂が視えて、成仏出来そうも無いなら悪霊になる前に超能力で潰して欲しい。視えなくとも、さっき言った通り石像に憑いてる可能性が高いので、石像ごと山奥辺りに処分。超能力者が感知出来ない魂が悪霊化したら厄介そうでしょ。かなり辺鄙な場所を選んで――」

 ここで花川くんが私の発言を制する。もう先を聞きたくないという風だ。

 花川くんは、ふうっと一息ついてから私の頬を撫でた。

「まず、僕が百歩譲りましょう。礼田さんが浮遊霊や自縛霊になって、悪霊化の兆候が出たら僕の手で潰――いえ、除霊します。そして、譲るのはここまでです。付喪神になった場合、このまま一緒に暮らしましょう。悪霊化するとは限りませんし、成仏した抜け殻として石像が残ってる可能性も考えられますから」

「……こらこら、悪霊化した場合が大問題なんでしょ! 感知できないんだぞ! はー、仕方ない……父さんに頼むか」

「それもお断りです! すぐに連れ戻します!」

 こう言い切ってキスに戻る花川くんとは話し合いにならない。はてさて、私は一体どうなるんだろうか。正直、不安だらけだ。

 そんな事を思っていたら、キスに夢中な花川くんの息が上がってきた。今にでも全身が石化しそうな私に、悲しみとか悔しさとか時間の貴重さなど、色々な気持ちで欲情したのだと思う。私もこれが最期かなと考えれば、花川くんと同じようなモンだ。私の下半身は何も感じなくなっているが。

 この雰囲気だと花川くんは『したいです』と言い出せない。私はトイレか風呂に篭るだろう花川くんに声を掛けた。

「花川くん、口でしようか?」

「……首と石化部分の間が痛いんですから、無理しないでください」

「いいって、もう下の方は使い物にならないし」

「下の方……? そういえば」

 花川くんがごそごそと私を探った。そして、嬉しそうな声を上げる。

「礼田さんの下半身、僕が挿ってたそのままの形で固まってますよ!」

「へっ!? まぁ確かに真っ最中で花川くんが寝た時、石化したけど!」

「ええっと……いま触ってるんですけど感じます?」

「いや、何も……」

「……礼田さん、僕はこれから最低な部類の事をします」

 それからすぐに、ぷちゅっ、と水っぽい音が聞こえた。

「なんだなんだ?」

「これ、ゴム買ったときに試供品で貰ったローションです。少しでも滑るように使ってみます」

 これでもう大体の想像がつく。花川くんは私に挿れる気なのだ。

「馬鹿……! ただの石だよ石! 痛いに決まってる、締まりもしない!」

「その辺はローションと軽い超能力で、どうにかなるんじゃないかなって」

「……まぁいいけど、痛かったらすぐ止めてね」

 私の許可が出たので、花川くんは堂々と始める。ベッドがギシギシ軋み、私の後頭部や耳に幾つもキスが落ちてきた。

「あは……気持ちいいですよ礼田さん。最初はちょっと冷たいけど、すぐ温まってきました」

「私の運命は決まったね、悪霊化するか飽きるまで花川くんのオナホだ」

「悪霊化はともかく、飽きますかね……?」

「あ……!」

 花川くんが私の耳を奥まで舐めるから、恥ずかしい声が出てしまう。こういう時に口を押さえる事が出来ないのは辛いものだ。私は恥ずかしくて枕に顔を埋める。花川くんは湯気が立っていそうな私の後頭部を優しく撫でた。

「僕、記憶力は悪くないんで……こういう可愛い反応も全部、鮮明に覚えてるんですよ。むしろ忘れられない」

「う、嘘つき……!」

「うーん……礼田さんに『三回目に抱いた時は、こんな感じでした』と言っても納得しないかな」

「当たり前だよ!」

「じゃあ、ちょっとした証拠を二つ。まずは僕の成績。記憶力がいいから、そこそこですよね。次に……イチゴショート、チョコレート、モンブラン、ナポレオンパイ、レモンタルト、チーズケーキ。これは泣きながらメモを取り、馬鹿みたいに慌てて購入したんですけど覚えてるなぁ」

 花川くんは、言った私ですらハッキリしない、いつかのケーキの名前を並べる。正解が不明なので賞賛を送るしかなかった。

「すごいねぇ花川くん」

「だから僕は、例え礼田さんが全て石像になっても、可愛いのを思い出すのに忙しくて飽きないんじゃないかな? そう思いません?」

「困ったヤツ……!」

「その困った花川くんが、本格的に気持ち良くなってきましたよ……礼田さん、礼田さん、れーださん……」

「とりあえず無事な脳までおかしくなる! 名前の連呼は止めて!」

「これは名前っていうか苗字のような……じゃあせっかくだし……あ、あい、あいかさん、とか……!」

 少しだけベッドの軋みが止まり、すぐに再開。花川くんの「愛華さん、愛華さん」という呪文のような囁きと一緒に。

「……名前を呼ぶと気持ちいいの?」

「最高かもしれないです……すごい」

「そうか、んじゃ私も真広って呼んでいい?」

「はっ、はい! ぜひ名前で……って、えっ、う、嘘でしょ、えええっ!?」

 私の背後から素っ頓狂な声が聞こえ、それにはかなりの戸惑いも混ざっている。何事かと思っていたら、すぐに理由が明かされた。

「な、名前を呼ばれたら、びっくりして終わっちゃいました……こういうの初めてだ……」

「まじかー。んじゃ真広、真広、真広! これからは真広って呼んであげる」

「あはは、参ったな……礼――愛華さんから、片時も離れられなくなっちゃいそうで」

「……ねぇ、参らせている私の口を塞ぎに来てよ」

 そう言うと、真広がすぐに移動してきた。私は何度か真広にキスして――そうだ、私だって真広と繋がっている感覚を得たい。いまこの繋がっている瞬間、石化してくれればいいなぁと思ったが、そうは上手く行かず。


 私の石化は、二人で眠ろうとしていた時に起こった。こちらも首から上が一気に行く。私は真広に腕枕されていたから首が曲がっているし、石化の感触に「うわっ」と叫びそうになり目を全開、口は半開き。とても妙な顔をしているに違いない。なので石像としては大失敗という内容だ。真広は既に眠っており、目覚めたら石像の重さによる腕の痺れに悶絶しながら嘆く事だろう。

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