第8話 変質
しかし。
私たちの予想とは裏腹に、じわじわと石化は進行を続けた。今は肩から鎖骨に向かっている。そろそろ咽喉か肺がヤバい。花川くんは毎日のように魂になって、けれど何も見つけられず。
「おかしい……もう、一匹も存在しないのに」
この結果を鑑みて、花川くんは険しい表情になった。何か嫌な可能性に思い当たったのだろう。それは正しかったようで、翌日学校から帰宅した花川くんに、ぎゅむっと抱きしめられた。見れば花川くんは異様なほどの汗を浮かせ、思いつめた表情をしている。
「あの……礼田さん、折り入ってお話したい事が」
「何となく判る。私の呪いの件、更には悪い方向でしょ?」
「……はい。言おうかどうか迷ったんですが、僕は本人である礼田さんが知るべきだと思って」
「やばいなぁ、かなり深刻そうじゃん……はは」
私がちょっと茶化してみても、花川くんの表情は変わらない。なので静かに待っていると、ゆっくり花川くんの唇が開いた。
「……僕は超能力者のネットワークに入っています。そこで相談して思い当たったんです。これほど石化が進んだ時点で、肉体の方が呪いに合わせて変質してしまい、大元の呪いを祓っても無駄なんだろうと……」
「そうか、じゃあ仕方ないな」
「仕方なくなんか無いです……一番傍に居た僕が、もっと早く気づいていれば……!」
「いやいや、むしろ超能力者の花川くんだからこそ、私の中に挿って気づけたんだよ?」
「最初からナマでしておけば良かったんです! 僕は馬鹿だ!」
「あのねぇ、ゴム着けないとダメでしょ、困るよ妊娠とか……セーフセックスという言葉も世の中には存在……っていうか、もう気にしないで」
それっきり花川くんは私にしがみつき、唸るように泣いてしまう。まぁまぁの時間連れ添っている私には、花川くんに起こった事や、その後の行動、気持ちが手に取るように解った。
(たぶん花川くんは、この考えに至った時、私を騙そうかどうか少しだけ迷ったに違いない。でもまぁ石になる部分はどんどん増えて行くわけで、優しい嘘も吐けば吐くだけ不誠実……で、なるべく早く私に言おうとした。ついでに、本来は冷静に話すつもりだったのが、私を目の前にしたら泣いてしまった訳だ。こういう泣き顔を見せたくないから、私にくっついて隠してる。そして、いわゆる絶望的な内容を耳に入れた私が心配なので、自分だけどこかへ泣きに逃げる事も出来ず……そういう感じかな)
もう花川くんの頭も撫でてやれない私は、何とか彼がラクになれる口実を考える。
「……ねぇ花川くん、今まで話してなかったんだけど……」
「はひ……なんでしょか……ぐすっ」
「私さぁ、一定以上のショックを受けると眠くなっちゃうんだよ。いわゆる精神を防御する作用だね。だから数時間は寝かせて欲しい。あと、その状態で目が覚めた時には必ずケーキが食べたくなる。イチゴショート、チョコレート、モンブラン、ナポレオンパイ、レモンタルト、チーズケーキは欠かせない。これが無いと、かなりのダメージを喰らうというか……」
「ふぇっ!? ちょ、ちょっと待ってください……!?」
花川くんはガバッと起き上がり、あたふたとメモを取り始めた。
「えー……イチゴショート、チョコレート、モンブラン、アップルパイ、レモンタルト、チーズケーキ……でしたっけ!?」
「いや、アップルパイじゃなくて、ナポレオンパイ」
「す、すみません! 泣いてたので、よく聞き取れませんでした……!」
「もう夕方だから、急いで買って来てくれないかな?」
「ですね、売り切れてたらどうしよう……! じゃあ礼田さんは、よく休んでください! 僕はケーキを買いに行きます!」
「頼んだよー」
「はい!」
花川くんはすごい勢いで玄関の扉から出ていく。これから私の言葉を真に受けて六種類のケーキを探すんだろうが、その前に少しくらいは独りで泣く事も出来るはず。私は別に眠くもなかったし、花川くんが居なくなったので、好きなだけ涙を流した。
これから私はどうなるのだろうか。鎖骨まで来た石化がそのまま進み、咽喉を塞いだら息が止まってすぐに終わる。運良く気道と食道が形として残れば呼吸と飲食物は確保、でも多分飲み込む事が出来なくなるので飲食物は胃に直接ぶち込むしか無い。もう一つの進行方向として、肺に来たらさぞかし息苦しくなりそうだ。
私は「あーあ」と呟きつつ、どこで誰に呪われたんだか、『街の便利屋さん』がいけなかったのか、それとも前世で悪い事でもしたのかなんて、今じゃどうしようもない事を考える。そのうち泣き疲れて本当に眠ってしまった。
そうして、目が覚めると。私の寝顔をじいっと観察していたらしい花川くんが、いそいそと冷蔵庫から六種類のケーキを出してくる。確かに私は「必ずケーキを食べたくなるし、用意が無いとダメージを喰らう」と言ったのだが。実際のところ、辛い知らせを聞いたばかりで食欲なんか失せているし、そうでなくともケーキみたいな甘いものは一切れで十分だ。ケーキという夕方には品薄になる買い物で苦労させ、時間を作ってやろうと思った判断が、確実に私を殺しに来ている。
「はい、礼田さんどうぞ……!」
「う……サンキューね」
青ざめた私の口に、花川くんが操るフォークで大量のケーキが突っ込まれていった。だからお腹はパンパン、もう二度と甘い物は見たくない。
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