第41話 大切な話

1週間後、祖父の家に電車とバスを乗り継いで行った。

今日は、母が急用で迎えに来てくれない。面倒だけど仕方ない。

私は祖父母の家に、母の車でしか来たことがない。

ふと、良子は何度一人で来たのだろうかと思った。

家の南側の雨戸が全部閉まっている。

家には入らないで、ポストの郵便物を掴んでバッグに入れた。

左側に人の気配がして見ると、隣の家に入ろうとした人がいた。山下さんに違いない。初めて見た。会釈したら、会釈して何も言わないで家に入った。


病院に着いたら、受付で前回と同じ手順でサインした。

「可奈、よく来てくれた」

祖父は、また可奈と呼んだ。ニコニコした。

きっと良子にこういう風に笑うんだと思った。

「かあさんは、可奈が大好きだったな」

「はい」

「あんたらと、新潟の海に行ったな」

自分のことではないので、よくわからない。

「おじいちゃん、またね」

祖父と話す話題がなく、病室を出た。


病院の入り口に母がいた。用事は早く終わったようだ。

駐車場に行って母の車の中に入った。

「あなたに、じいさんの遺産が入ることになった」

「えーっ? 聞いてないよ。そんなことできるの? じいさんの、要らない」

「戸籍謄本、財産の証明書、印鑑登録証明書とか、あなたの住民票、色々面倒だったけど、遺言書作成が一番大変だった。

カップ酒を温めて、鯛の刺身をお皿に並べた。採血で先生にわかるかも、と、じいさんが言うの。そこらへんは、真面目だよね。

少し位は大丈夫よと言ったら、嬉しそうにお酒を飲んだ。お刺身は食べなかった。

『私と奈津に遺すのは嫌なのよね。孫にする?』と聞くと『孫にする』と答えた。

私が書いた紙を綺麗な字で一字一字丁寧に書き写してくれた。

譲る人をあなたにしたの。じいさんが、ちゃんと署名捺印した」

「要らない。私じゃないよ。孫として認めてくれてなかったもの」

涙がぼろぼろ出て、ハンカチを出そうとしたら、郵便物があった。

「これ、渡すの忘れた。渡してくる」

ドアを開けて車から降りようとしたら、

「見せて」と、母が、私のバッグごと奪い取った。

「奈津の手紙があるじゃない」

母が、すぐ封を開けた。封筒の中に商品券が入っていた。千円券を3枚を自分のバッグに入れ、千円券2枚を渡された。

「要らない」と、私は、千円券をダッシュボードの上に置いた。

「黙ってて」と、車の中なのに母が大声を出した。

「良かった。じいさんが見たら大変なことになってた。”納骨の連絡は私にはありませんでした。家族とお墓参りに行って、母が此処に眠っていることがわかりました”

だって。奈津は馬鹿だねえ」

母はそう笑った後、顔をしかめた。

「えっ? 何これ。お母さんは、私のことをそんな風に思ってたの? ”強子とは距離を置きなさい。奈っちゃんの家族が強子に回される”  なんて失礼なの」

母の指が震えている。

そんなことないよ、と言ってあげたかったけど言えなかった。

「もう、病室に戻らなくていい。シートベルト、早く」

母に言われるままシートベルトを着けた。

駅まで、母は何かぶつぶつ言っていた。

「ありがとう」

駅に着いたので、母に言ったが、母は上の空だった。

母の車は、ものすごい勢いで去っていった。

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