第33話 斎場の駐車場 2
A葬儀社のスタッフと揉めていた母が、不機嫌そうに戻ってきた。
「お前が、坊さんに渡すのは20万と言っただろう」
母の後ろから歩いて来た祖父が、母を怒鳴った。
母は、祖父に何か喋ろうとしたけれど黙った。私と目が合った。
「重いんだから持ってあげてよ」
母は、良子に向かって大声をあげた。
祖母が亡くなった日、斉藤家族には位牌、遺影、骨壷を触らせないと言ってたのにと一瞬思ったが、重たい骨壷から解放される、助かったと嬉しくなった。
良子は、私に頭を下げ大切そうに骨壷を胸に抱いた。
「マスクをちゃんと着けて下さい」
母は、義叔父に向かって言った。義叔父を見ると、マスクが下にずれていた。このだだっ広い駐車場でマスクが少しずれているのがどうしたというのだろう。イチャモンだ。顎マスクの祖父には何も言えないくせに。
「母から何をもらったんですか」
今度は、叔母の番だ。立て続けに良子、義叔父、叔母を責めている。
「ギャーギャー何を言っているんだ。お前は縁側からかあさんの物、自分の欲しい物を運び出した。知らないとでも思ったか」
「この顔が見れますか」
祖父が言ったことを無視して、叔母に遺影を突き出した。
「はい」と、言った後「私は愛されてきました」と、叔母が言った。
母がワナワナ震え出した。車の方へ行った。
私は、母のことが可哀想に思えた。母の為に何かしなければ。
「あなたは、何もしてこなかった」
小さな婆さんの叔母の前に行って、指差して言った。
少しすっきりした。
戻ってきた母が腕組みしている。遺影を車に置いてきたんだ。
「あなたは、なんにもしてこなかった」
母と二人で、叔母を指差し上下に振りながら罵った。
「やめて下さい」
良子が言ったと同時に、義叔父が来た。180㎝の近くの義叔父が、母と私の前に立ちふさがった。
母が、走って祖父の所に言って何か喋った。
「あんたが、何を言うんだ」
祖父が、杖をカツカツさせやって来て義叔父を怒鳴りつけた。義叔父は、何も言ってない。
「香典を持ってこない常識のない奴が何を言うんだ。弁当を一緒に食べない奴らが・・・」
”香典”という言葉で祖父はスイッチが入る。たぶん、母は、これを言ったんだと思う。
「私たちは、お弁当を頂いていませんよ」と、叔母が言った。
「そんな筈ないだろう。お前らは常識がないんだ」
恐ろしかった。祖父の顔が赤くなった。赤鬼だ。
「私たちには、お弁当はありませんでした」と、義叔父は祖父に言った。
「あんたは、天野の法事に来ない。墓参りもしない」
母が、叔母を指差して言った。それは違う。斉藤家族は、天野家の法事とお墓参り、祖母の実家のお墓参りをしている。
「そんなことを言うなら、お前に言わなければならないことがある。一度、お前と法事に行った時に些細なことで喧嘩した。お前はワシを置き去りにして誰かに会いに行った。お前はな」
祖父の話の途中で、母は祖父の背中をさすりながら祖父の体を反転させた。
祖父と叔母が向き合う形になった。祖父は、言いたいことを忘れたようだ。
「お前は、お前は来たことはある。」
「私は、姉より法事にたくさん行きました」
「回数じゃない」祖父が、叔母を怒鳴りつけた。
「お義父さん、あんまりです。それはないですよ」
義叔父が、悲しそうだった。
「なんだとう? お前は他人だろう」
「帰ろう」叔母が、消え入りそうな声で言った。
良子が、啜り泣いていた。
「持ちましょう」兄が、良子に言って骨壷を受け取った。
良子は、兄に頭を下げた。指が震えていた。骨壺が重たかったのだろう。
「もういい。しんどい」祖父が言った。
叔母、良子、義叔父は、大阪ナンバーの車に向かった。
一時、大阪コロナと言われ大阪ナンバーの車が襲撃に遭った事を思い出した。
「このまま帰っていいと思っているの?」
叔母の背中に向けて、母が叫んだ。
「この人がいない時に行きます」
叔母が、後ろ手で母の居る辺りの地面を指差した。
「どうぞ、どうぞ片付けに行って下さい。私はいませんから」
母が、とても大きな声で言った。
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