第31話 斎場

斎場に着いて、正面玄関で祖母を乗せた霊柩車を待った。

位牌を持った祖父、遺影を持った母が並んだ。母の横に叔母が並びそうになったので、突き飛ばすように叔母を追いやった。叔母が離れた。

兄が困っていたら、叔母が、私の隣に兄を促した。叔母、良子、義叔父が続いた。


お骨上げの前に昼食だった。

斎場の女性職員に、待合室を案内された、

テーブルがふたつあり、奥のテーブルに弁当が4膳あった。

祖父が、さっと座って周りをキョロキョロしていた。

「1時間半位ですね。私たちは、駐車場におります」

義叔父が、祖父に言った。

「あーあ、そうですか」

祖父は、義叔父が言ったことを聞いていないようだった。弁当の蓋を開けて弁当の中身を見ていた。


義叔父が廊下に出て、叔母と良子の所へ行った。

義叔父の後を、母が追った。

「斉藤さーん、聞いて下さいよぉ。誤解なんですよぉ。父が、弁当の数を教えてくれなかったんだから仕方ないでしょう?」

母が甲高い声を出した。こんな声を出すのかと驚いた。

「お義姉さんの話は聞きたくありません」

「私は、父にお弁当の数を聞いたんですよ。父は、教えてくれなかったんだから」

「あなたが、悪い。あなたが、全て壊した」

義叔父が、だいぶ前に進んだ。

「良子ちゃん、聞いて」

母が、良子の右腕を掴んだ。

「これ以上、良子ちゃんを利用しないで」

叔母が良子を守るよう両腕を回して、母を近づけないようにした。

母は良子を掴んでいた手を離し、叔母に小さな声で何かを言った。

そして、緊張した顔で戻ってきた。


「おばあちゃんが、そんなこと言う訳がない」

良子が、大きな声を出した。

「何か言われたの?」

義叔父が、引き返してきた。

「おばあちゃんが、お母さんに言ったって。『最期の言葉、私に一生謝罪し続けなさい』おばあちゃんが、言う訳ない。絶対言わない」

良子の声が震えていた。

「お義母さんが、そんなこと言う筈がない。そんなこと言って待合室に戻ったの? どうしようもないな」

義叔父が怒っていた。義叔父の怒る姿を初めて見た。


「よろしかったら、こちらへどうぞ」

女性職員が、3人を何処かへ連れていった。


「奈津たちは?」

「向こうで食べたいみたい。常識がない」

祖父の問いに、母が答えた。平気で嘘をつく人だ。

母はバッグからカップ酒を取り出し、祖父の前に置いた。

「気が利くなあ、あんたらは?」

「お茶を、持ってきたわ」

母が、ペットボトルのお茶を4本置いた。

お弁当は、美味しかった。祖父がご機嫌だった。

「香典がないとは常識がないわねぇ」

母が、あの話を蒸し返した。

「ワシも長いこと生きてきたけど、香典がないのは初めてだ。香典の中身がない事はあるらしい」

祖父が大声で笑った。


昼食後、母とお手洗いに行った。外と内と叔母たちがいないことを確かめ、気をつけて喋った。

「さっき調べてみたら、斎藤の供花27500円なの。私たち3人で3万円だから少ししか違わないのに、じいさん、こっちには感謝してあっちには香典がないと怒ってばかり。面白いわね」

「廊下で叔母さんに言ったことホント? 最期の言葉、おばあちゃんが本当に言ったの?」

「言わないわよ。って言うか、痴呆だから喋らない。私の顔も見ない。ずっと会ってない。コロナだしね」


叔母たちは、駐車場ではなく一般待合室にいたようだ。

「こちらから出てこられますので、続いて下さい」

女性職員の声が聞こえた。義叔父が、ペットボトル3本をごみ箱に入れていた。

祖父が、ふん反り返って3人の前を通った。また、母が笑っていた。


お骨上げは、祖父の前に母、母の隣に私。私の前に兄、兄の隣に叔母。叔母の前に良子、良子の隣に義叔父となった。

祖父と母がお骨上げを終え、兄と私とのお骨上げが終わる頃だった。

「ご遺族様、奇数でいらっしゃいますので、どなたかお一人様」と、職員のおじいさんが言いかけた時に、母がさーっとその場所から出口のほうへ去った。

「もう一度、お願いします」と同時に、お骨上げをしていた叔母が左手を高く挙げた。

「では、お願いします」と、職員のおじいさんが言うと、母が戻ってきた。

お骨上げの儀式を、叔母と義叔父がおこなった。

「分骨はされますか?」

「いいえ、結構です」

職員のおじいさんの問いに母が大きな声で即答した。

祖父が、じっと母の顔を見ていたが、何も言わなかった。

祖父を先頭に斎場を出た。







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