第29話 祖母の葬儀

兄と私は、軽い朝食を摂り母が指定した駅に向かった。

兄と私は、ずっと無言だった。駅に着き改札を出た所で15分待った。

「ごめん、渋滞で車が進まなかった」母が言った。

祖父の家に着くと、祖父は外で待っていた。

「おはようございます」

兄が車から降りて言った。

「おはよう。お前はいっつも遅れるな。20分も待った」

「間に合わない。早く乗って」


「お前とは5年振りか。あんたとは7年振りか。ずいぶんお会いしていませんね」

祖父は、私と兄に嫌味を言った。

「お前、不審者に目を殴られて運転できないと言っていたが、普通に運転しているんだな。夕べ、真也さんが『お義姉さんが運転できないなら、私が代わりをします。明日の朝、何時にお迎えに来たらよろしいですか?』と、聞いたので、お前が来るから構いません、と、言っておいた。明日からの手続きはどうする? ワシはどっちでもいい。奈津と真也さんは、しばらくここに居ると言っていた」

「目は治りました。手続きは私がします」

「そうか。それなら頼むわ」


「奈津たちは、うちに泊まらなかったのね」

「ああ、こんなことは初めてだ。ビジネスホテルに泊まった。おとといの夕方、外で山下と話した後、家に入ると電話がジャンジャン鳴ってうるさい。奈津だった。何だ、今頃、と、電話を叩き切った。また、掛かってきた。ギャーギャー泣くので、うるさい飯食べてない、叩き切ってやった。また、掛かってきた。真也さんだった。まさやですの、すを言う前に叩き切った。今度は、『お願いします。聞いて。何時頃、電話をしたらいいですか?』と、奈津が言うので40分後と言った。40分後掛けてきたのでかあさんの様子を話した。


枕をせずに寝て上を向いてゴホゴホやっていた。しんどいだろう、枕をせえ。と言って2階に上がった。ガタンと音がしたので下りたら、かあさんが目を白黒していた。3カ月前にかあさんが、風呂で溺れかかってワシが引き上げた。重たいし、服がびしょびしょになった。お前、知らないだろう?」

祖父が、母に向かって言った。


「奈津に話したら『電話機の横に119と書いた紙を貼って』と言うのでそうした。かあさんが、あんなになったので119に掛けて救急車を呼んだ。医師が、残念ですが助かりません、と、仰った。


今日、奈津と真也さん、良子が来てくれる。和也は、40度の高熱。おばあちゃんとどうしてもお別れをさせてと、泣いて頼むのを、お嫁さんが心配するよ、それに他の人に迷惑をかけるかも知れないと、真也さんが和也を説得したそうだ。

午前9時から葬儀。A葬儀社に30万。お坊さんに20万。かあさんの通帳に300万あるので、それから引き出した。


真也さんと奈津が、静岡のサービスエリアで買ってきてくれた、抹茶のお菓子とえびせん、トマトなど色々ある。葬儀が終わった後、家に帰ってその時に渡す」


「ホテルに泊まるなんて冷たいね」

祖父の話にイライラしていた母が言った。

「そんなことはない。よくやってくれている。ひねくれたことを言うな。去年の正月、お前、えげつない手紙を奈津に出しただろう。

元旦、真也さんから電話で挨拶があった。その後、奈津に代わって新年の挨拶をした。奈津が、お母さんに代わってというので代わったら、かあさんが、泣いていた。『そんなことないよ。奈っちゃんの顔を忘れる筈がない。奈っちゃんが生まれて、私は幸せだった。和くんと良子ちゃんという可愛い孫もそばにいてくれた。この家が建つあいだ、奈っちゃん家族にどれだけお世話になったことか。有難うを何度言っても足りない位よ。真也さんが優しい人で良かった』1時間位喋っていた。


私は2人の娘と4人の孫がいて幸せよ、とか言って電話を切った。奈津に電話してその手紙をコピーして送ってくれと、頼んだ。だいたい、差出人が”天野静子”とある。住所を書いてない。お前のアパートを知られるのが嫌だったんだろう。娘は、私ひとりだけ。私だけが可愛い。奈津の顔を忘れた。よく、あれだけの妄想が書けたな。正月早々、気分が悪くなった。あんた、な」


祖父が、兄に体を向けた。

「小学校高学年の時に、なんでお母さんだけが、祖父母の介護をしなければならないの、と、言ったのか?」

「いいえ。おふたりはお元気でした。おじいちゃんは、自転車で何処でも出掛けていました。おばあちゃんも。バスと電車を乗り継いでお出掛けしていました。そんなこと言ってないと、思います」

「その通り、ワシとかあさんは自分で何処でも行っていた。介護なんかしてもらったことがない。2018年の年末、あんた、ワシら顔も名前も知らんあんたの奥さんとコレのアパートに行ったのか?」

「いいえ。母のアパートの事は知りません」

兄が、苦しそうだった。

「やっぱりな。お前は、嘘ばっかりだな。金がないから働かなければなりません、って。えげつない。かあさんからの毎月15万が貰えなくなってじり貧になった。けれど、お前の金がないのと奈津は関係ない。その手紙に、不審者に目を殴られたと書いてあった。3日前にも不審者に目を殴られている。お前の人生に、あと何回不審者が登場する? お前、かあさんが危篤なのにすぐ来なかったな」


「おじいちゃん、お葬式の手配は誰がやったの?」

母が言うと、祖父が静かになった。

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