第25話 母が祖母を連れ出す 4判定へ
2019年8月07日、暑い日だった。
「良子にLINEして。内容は『おばあちゃんが、毎日毎日おじいちゃんに怒鳴られているから来て。叔母さんひとりで来て』それだけでいい」
「わかりました」
私は、母の言うとおり良子にLINEした。
「おばあちゃんは、伯母さんのアパートに居ます。『7月27日、かあさんは、強子に突っつかれて、お世話になりましたと別れの挨拶をして出て行った』と、おじいちゃんから聞きました。出て行く直前『お母さんは私が看るから、とうさんはアレ(お母さんのこと)に看てもらえと捨て台詞を吐いた』と、おじいちゃんが言っていました」
良子からのLINEの返信内容に驚いた。私の知らないことがいくつも書いてある。
母が、マンションからアパートに移ったことすら知らなかった。
「アパートに引っ越したの? 今、何処に住んでいるの? おばあちゃんが、そこに一緒にいるの?」
「奈津、知ってたんだ。来週の金曜日、ここに来て。役所の人が来るから一緒に立ち会って」
私の問いにいっさい応えず、私のスケジュールはどうでもいいんだと、思った。
母が、駅まで迎えに来た。
母が住んでいるのは、2DKの小さなアパートだった。
母がドアを開けると、いきなりキッチンだった。その向こうに部屋があり、祖母が居た。痩せて目がとろんとしていた。
「動いてもいいわよ」
母が言うと、祖母がよろよろと立ち上がって私を見た。私の横を通り過ぎてテーブルの上のコップを取り水道水を入れて飲んだ。また、元の場所に戻った。
ピンポンが鳴って開けると、男性と女性がいた。
「こんにちは」
二人が挨拶したので、私も挨拶した。
「お世話になります。母は、奥におります」
母が、丁寧に頭を下げた。
「こんにちは。お元気ですか?」
「はい」
女性が、声を掛けると祖母が答えた。
「こちらは?」
女性が、私を見て言った。
「私の娘です。よく来てくれるんです」
女性職員が私を見てニコニコした。男性職員は、手帳を取り出した。
「おばあちゃんに、お尋ねしたい事がありますのでお邪魔しますね」
二人が、奥に進んだ。
テーブルは、4人で座ると一杯になるので、私は祖母の後ろに座った。
「お名前を聞かせて下さい」
女性職員が、ファイルを取り出しながら言った。
「天野静子、86歳です」
祖母は、小さな声だった。
「86歳ですか。お元気でよろしいですね。お孫さんが来てくれていいですね」
祖母は、黙っていた。
「私には妹が居るのですが、実家に寄りつかないんです。大阪にいます。横浜に姪がいるのですが、住所を知らせても来てくれないんです」
お茶を持ってきた母が言った。
「良子ちゃんは、よく来てくれる。おばあちゃんって言って、美味しいお茶を買ってきてくれる。ちらし寿司を作って持ってきてくれる。良子ちゃんは、小さい時から私に似ていると、山下さんが言ってくれた」
「リョウコちゃんは、お孫さんですか? 山下さんというのは誰ですか?」
男性職員が聞いた。
「和也君は、お嫁さんを連れて来てくれた。奈っちゃんも真也さんも、よく来てくれる」
祖母は職員の質問には答えなかったが、はっきりした声で言った。男性職員は、手帳に何か書き込んだ。
「良子も奈津もここに来たことないでしょう?」
母が祖母の左側に座った時、膝で、祖母の足の薬指小指あたりを押さえつけたようだ。
「痛い」祖母が言って顔を歪めた。
「大丈夫ですか? お孫さんとは、よく会っているんですか?」
「すみません。母が混乱しているようです。ここに来てくれるのは、この子だけなんです」
母は、申し訳なさそうに言った。
「住んでいる環境が変わると混乱する事があります。色々お聞きしたいチェック項目がありますが。お孫さんはどうされますか?」
母を見たら顎をしゃくって「隣の部屋へ」と、言ったので移動した。
結構時間がかかった。
「ご主人と生活されていた時は、2判定だったのですが4判定になると思います。天野静子さん、どうぞお元気でお過ごし下さいね」
女性職員の声が聞こえたので、襖を開けた。
「これからもおばあちゃんを、訪ねて下さいね」
男性職員が、”これからも”の”も”を強く言った。二人が帰った。
「おばあちゃん、元気でね」
私は、祖母に声を掛けた。祖母は、大きな目をさらに見開いて私を見た。
「じっとしているのよ。可奈ちゃんを送ってくるから」
母は、強い口調で祖母に言った。
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