LAST GIGS
「あ、そうだ。最後に歌ってくれないかな、俺ギター弾くからさ」
「だから無理だよぉ。恥ずかしくて死んじゃう!」
「大丈夫大丈夫!誰もいないし。ま、花が歌ってくれないって言うなら俺が教室に入ってきた時に花が何をしてたかみんなに言うけど……。それでもいい?」
「む、むむっ。それだけはやめてくださいっ!」
「よーし、決まり!」
奥山くんは嬉しそうに言うと肩に背負っていたケースからギターを取り出した。
一弦ずつ軽く弾きながらチューニングをすると、顔を上げた。
「じゃ、いくよ」
優しい目を私に向けた。私は覚悟を決めてふーっと息を吐いて頷いた。
コン コン コン
ピックを持った彼の右手がギターのボディを軽く叩いてリズムを刻む。
♫
次の瞬間彼の両手が動き、音が奏でられた。
――あぁ、天国への階段だ
ゆったりとしたリズムに自然と右足が同調して動き出す。奥山くんは気持ちよさそうに目を閉じて、そう、まるで曲に酔いしれるかのように弾いている。
私も目を閉じてみた。まるで目の前に柔らかな陽射しでできた階段があるようだ。
気負うこと無く自然に声が出た。
♫ There's 〜
歌い始めると不思議なことにあとは奥山くんの弾くギターに導かれるようにスラスラと歌詞が出てきた。とは言っても車の中で父と歌っていた適当なカタカナ英語だけど。
ギターの音色が私の声を優しく包み込むようだ。どんどん感情が溢れて気持ちが高揚していくのがわかった。
ギターソロで始まる終盤の激しいパートになると何故か涙が零れた。何の涙かは自分でも分からない。でももっともっとこの瞬間が続けばいいなって思った。
♫ ステァウェイ トゥ ヘーブン
歌い終えると涙がだばだばと溢れてきた。それと同時に「うおぉー」という歓声と嵐のような拍手に包まれる。
窓の方を向いていたのでちっとも気が付かなかったが、登校してきたクラスメートや何事かと集まってきた教師たちが廊下から私達の演奏を聴いていたのだった。
「花スゲー!」
「奥山くんカッコイイ!」
「うんうん、ツェッペリン最高!」
予想外の出来事に脱力していると、奥山くんは左手で私の右手をグイと掴み、ギターを持った右手とともに両手を突き上げた。
すると歓声は「アンコール!」の声に変わり、拍手は手拍子となった。
「えー、無理無理!」
ぐちゃぐちゃになった顔で必死に拒否していると奥山くんがちょんちょんと肩を叩いた。
振り向くと、
「はい、花、次はコレね」
とニッコリ笑ってスマホを手渡してきた。
「え?何?『ロックンロール』?!」
画面には英語の歌詞が映し出されていた。
「いや、知らない曲なんですけど……」
「大丈夫。絶対聞いたことあるはずだから。行くよ!」
奥山くんはゾーンにでも入ったかのようなものすごい気迫でギターを激しく弾き始めた。
――あ、残念なことにこの曲知ってる……。何度も何度も車の中でお父さんに聴かされてた。
イントロからノリノリのアップチューンだ。私達二人を取り囲むように人垣が出来ている。
もう逃げようがない。
覚悟を決めた私は奥山くんを見た。彼は大きく頷くとニヤリと笑ってウインクをする。私はスマホをチラリと見て最初の歌詞だけ覚えると制服のポケットにしまい込んだ。
♫ It's 〜
そこから先は開き直って雰囲気で歌った。例によって適当なカタカナ英語で。
♫ ooh yeah!
を何度連呼したことか……。
演奏が終わるともみくちゃにされた。あんなに一生懸命に整えた髪はもっさもっさに広がってしまっていた。
でも、でも、でも、でも、そんなの関係ねー!
楽しかった。気持ちよかった。
そして奥山くんと目が合った。
「花ーっ、お前サイコーだー!」
と言ってぎゅうぎゅうに抱きしめられた。
どれくらいの間抱きしめられていたんだろう?時間の進みがわからなくなるほどの特別な瞬間だった。
奥山くんは私から離れると、ぽわんぽわんに広がった私の髪を見て、
「ほら、ロバート・プラントみたいだな」
って笑った。
そして顔を寄せてひと言。
「ありがとう」
と言って私の手をぎゅっと握った。
――あぁ、今言わなきゃ。気持ちを伝えなきゃ……
でもクラスメートも先生もいるし、聞かれたら恥ずかしいし、何よりもフラレたらカッコ悪いし、そもそも私は恋とか愛とかってキャラじゃないし……。
でもね、こんな素敵な時間をくれた奥山くんなんだから、だから玉砕しても美しい青春の想い出に昇華するから。だから、だから、
私は震えながら声を絞り出した。
「奥山くんっ!」
彼は優しい笑顔を私に向ける。
「あのね、私、奥山くんのことが……」
「え?マジ?もう一曲?花は俺のことよくわかってるなぁ。そんな花が大好き!よーし、じゃあ特別にあと一曲。『胸いっぱいの愛をー』!!」
奥山くんはタイトルを叫ぶとギターを掻き鳴らし始めた。
またまた残念なことに何度も聴いていた曲だ。レッド・ツェッペリンって偉大なんだなぁと思いつつ、お父さんに感謝した。
鬱陶しいほどの毛量の癖っ毛も、車の中でずーっと流れていたレッド・ツェッペリンの曲も、きっとこの時のためだったのかなぁと思えた。
ノリノリで歌い終えた私は聴衆の声援に応えつつ、靴を脱いで椅子の上に立ち上がると、
「ギター奥山悠一!ボーカル相馬花でした!三年一組ありがとぉーっ!!」
と絶叫した。
――決まった……
そう思った瞬間、
「はいはいはい、相馬お疲れー。じゃあ最後のホームルーム始めるから皆席につけー」
と大きな声。
そうこのライブハウスのオーナー、じゃなくって担任の吉岡先生がパンパンパンと手を叩きながら教壇に立ち、あっという間にその場を支配してしまった。
突然トランス状態から現実に引き戻された私は、あまりの恥ずかしさからその後ひと言も発すること無く卒業式を終えたのであった。
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