ホメゴロシ?

「でね、そんなときは『天国への階段』がよく脳内再生されてたってわけ」


「あ、なんかそれわかるかも。あの曲ってすごく壮大であの景色にぴったりフィットするもんね。自然とエアギター弾いちゃう気持ちもわかるなぁ」


「だろ、だろ!あー嬉しいなぁ。花にわかってもらえて嬉しいよ」


「これからは私まであの景色を見たら手が動き出しちゃいそう。そうなったらどうしよう?恥ずかしいよね?」


「それは大丈夫。そんな時は『チンダル現象』という言葉を思い出せば魔法は解けるから」


「なるほどー!!」


私は自分でも不思議なくらいに、いつになく饒舌だった。男の子と話すのは大の苦手のはずなのに。ましてや一度も話したことのない大好きな奥山くんが相手だというのにだ。


――楽しい


好きな人と話すことがこんなにも楽しいなんて。そして熱く語る奥山くんはやっぱり素敵だ。知らずしらずのうちに笑顔になってしまう。


「ん?」


突然奥山くんは話の途中で私の顔を見た。


「え? 何? どしたの?」


「なんかさ肩の力が抜けた花の笑顔ってとってもいいなって」


「は?はー!?」


「メガネやめてコンタクトにしたほうがいいんじゃね?うん、絶対その方がいいよ」


「……?!」


物心ついてから初めて異性に言われた言葉に、どう反応していいか戸惑っていると続けて彼は言った。


「それに、初めて面と向かって話したけど、花っていい声してるな」


――ナニコレ? ホメゴロシ?


「初めて言われたよ、そんなこと。私、この声はあまり好きじゃないんだ。何だか年がら年中鼻炎みたいで」


「ははっ、鼻炎かぁ。上手いこと言うな」


「だからカラオケも人前で歌ったこと無いの。コンプレックスなんだよね。もっとも声だけじゃなくて私自身がコンプレックスの塊みたいなもんなんだけどさ」


正直さっちゃんのことを羨ましく思ったのは一度や二度じゃすまない。彼女みたいに可愛いかったら、と鏡に映る自分の顔を見て何度思ったことか。


「そうかなぁ? 俺は花の声ってとても魅力的だと思うよ。ちょっとそこに立ってみ。そんでグッと背筋を伸ばして、そうそう。そしたら両手をお腹に当てて大きく息を吸ってー、お腹を意識しながら『あいうえお』って言ってみて」


私は言われるがままに声に出してみた。


「あいうえお!……っ!?」


自分でもびっくりするくらいに大きな声だ。


「うん、いいね。花はいつも猫背で口先だけで発声してるから声も小さいんだけど、とーってもいい声してるんだぜ。聞いてる人を人を幸せにする声だな、うん。

あーあ、こんなことならもっと早く仲良くなってればよかったなぁ。花がツェッペリン好きって知ってたら、花がヴォーカルで俺はギターでバンド組んでたのに」


『天国への階段』と『カシミール』は好き。他の曲はよくわからないのに彼の中では私はレッド・ツェッペリン好きにカテゴライズされてしまったようだ。それなのにヴォーカルだなんて奥山くんはとんでもないことを言う。それくらい好きなんだなと思った。


「もしそうだったとしてもヴォーカルなんて無理だよ。私は人前で歌うなんて恥ずかしくて死んじゃうし」


「そんなの慣れだよ、慣れ。せっかくだからバンド組もうぜ。メンバー集めるからさ」


奥山くんは嬉しそうに話を進める。私はそれをボーッと見ていた。


「ごめん、ダメなんだ。私、卒業したら東京に行くから……」


「……そうなの?」


「うん」


自分の将来の夢を追って一生懸命勉強して合格した大学。4月からの生活が楽しみで仕方なかったのに、初めてちょっとだけこの街を離れることが寂しく思えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る