第33話 おっさん、思考停止する

「ははは、おっさんがなにか言ってるぜ」


 男は俺を見て笑っていた。


 だが、凛にナンパするなんて俺が許すはずもない。


「お客様、警察を呼びますので――」


「ああ、それなら店外でやりますので大丈夫ですよ」


 店員にニコリと笑ったら、なぜか怯えていた。


 そんなに怖い顔をしているのだろうか。


 凛は俺の顔を見ても、特に顔色も変えずに見ている。


「これでも俺は銀ランクの探索者だぜ。最近まで引退間近の探索者が何を言ってるんだ?」


 どうやら俺のことを知っているらしい。


 凛のことも知っているってことは、動画が話題になった時から視聴者として見ていたのだろう。


 俺もいつのまにか有名になったようだ。


 男は鼻で笑って店の外へ出て行く。


 ただ、自ら出ていってくれるなら問題はない。


「さぁ、切り替えて食事でも続けようか」


「さっきのはナンパってやつですか?」


 凛は何をされていたのか今頃になって気づいたのだろう。


 俺としてはナンパされたという状況を作っただけでも、不甲斐なく思ってしまう。


 食事を続けていると男は声をあげていた。


「おいおい、外に出るって言っておいて、なんでおっさんは付いて来ないんだよ!」


 うるさいやつがまた店内に戻ってきた。


 怒っているのか、俺の襟元を掴み引き寄せる。


 銀ランク探索者というだけの力はあるようだ。


「ここは外に出ろよ!」


「君が勝手に外へ出たから――」


「さっきの展開は外で熱く語り合うやつだろ!」


「はぁー、せっかくのデートなのに……。ちょっと行ってくるね」 


 そんなに付いてきて欲しいならと、俺は男の後ろを付いていく。


 まだ怒っているのか握り拳を作っていた。


「外に出たけどここでいいかな?」


「ああ」


「それで俺を外に呼び出して告白でもしたいのか?」


 男は人気がない建物と建物の隙間に俺を連れ込む。


 腕組みをしながら、男に問うと驚いた顔をしていた。


 ひょっとしてこれは本当に告白をするつもりなんだろうか。


 男の顔はだんだん赤く染まってきている。


「別にそんなんじゃねーよ! 俺を舐めやがって!」


 さっきまで握っていた拳を勢いよく、俺の目の前に出してきた。


 動きは速いが、俺でも目で追えるほどだ。


「握手してください!」


「へっ!?」

 

 なんと男は手を出して握手を求めてきた。


 これが最近の喧嘩の仕方なんだろうか。


 握手した瞬間に手を握りつぶす力比べかもしれない。


 俺は近づき手を握る。


「ずっと大ファンでした!」


 まさかの返ってきた言葉に驚きをかかせない。


 俺の大ファンだから握手がしたい……?


 力比べをするかと思ったら、本当に握手がしたかったらしい。


 頭が完全に考えるのを拒否したのか、思考停止している。


「ああやって声をかければおっさんと外に出れると思ったんだ」


「どういうことだ?」


「いや、銀ランク探索者が下のランクのやつに握手求めたらかっこ悪いだろ。しかも、凛さんの前でかっこいい姿を見せた方が良いですよね?」


 そう言って男は自ら自分の顔を本気で殴った。


 あまりにもボコボコに自傷行為をするため、急いで止める。


「やっぱり兄貴はカッコイイっす」


 どうやら俺と握手したいのに、周りに人が多くてできなくてとった行動らしい。


 明らかに不器用すぎる男の肩を優しく叩く。


 俺も人のことは言えないが、探索者ってどこか頭のネジが取れたやつが多い。


 ダンジョンで魔物を倒している影響か、変わり者がとにかく多いのだ。


「俺はデートだからすまないな」 


「はい! 兄貴ありがとうございます!」


 いつのまにか俺は兄貴と呼ばれていた。


 せっかくのデートに邪魔をされたが、どこか気分は良い。


 俺は急いで凛の元へ戻る。


「凛お待た……なんで君がいるんだ?」


「有馬さんお久しぶりです」


 そこには凛の妹である清美がいた。

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