第32話 おっさん、思い出の店に行く

「有馬助かった。これでここのギルドはしばらく安泰だ」


 ギルドマスターである花田はハイオークの睾丸を抱きしめて嬉しそうにしていた。


 それが金○だと認識しているのだろうか。


 花田にも立派なやつが付いていると思うが、さすがに俺はそれを抱きしめることはできない。


「花ちゃんは金玉が好きなんだな」


「おい、それは変な誤解を――」


「そうだったんですね」


 凛は無表情で花田を見つめていた。


 あれは明らかに変態だと認識したのだろう。


 ハイオークに鞭を振るっていた時と同じ顔をしている。


「凛、こんな変態を相手したらダメだからな」


 ひょっとしたら花田も凛に叩かれたいのかもしれない。


 このまま見つめていると、花田も"ブヒイイイィィィ♡"と言うだろう。


 元々凛のことを好きだったため、警戒心を持っていた方が良いだろう。


「おい、ちょ――」


「じゃあ、俺達は予定があるから行くよ」


 俺達はお金を受け取ると、逃げるようにギルドを出た。





 煌びやかな建物の前に俺と凛は立っている。


「本当にここに入るんですか?」


「ダメなのか?」


「いや、ダメではないですけど……」


 決して無理やりホテルに連れ込もうとしているわけではない。


「ずっとここに一緒に来たかったからさ」


 俺達は予約したレストランの前にいた。


 外観が綺麗なお店に凛は戸惑っているようだ。


 今まで汚いラーメン屋にしか、外食には行ったことがない。


 あのラーメン屋を見慣れていたら、誰でも入るのに戸惑うだろう。


 だがここのレストランは外観は綺麗でも値段はそこまで高くなく、マナーやドレスコードは必要ない。


 小さい子どもでなければ、小学生ぐらいの子もいるはず。


 ただ、俺もあの時凛と行ったきりでそれからは来ていない。


「じゃあ、行こうか」


 俺は凛の手を取ると店内に入って行く。


 今の凛と初めて手を繋いだが、自然に繋げているだろうか。


 久々に勇気を出してみたが、変な冷や汗が背筋に流れていく。


「いらっしゃいませ」


 シャツにベストを着た装いの男性が近寄ってきた。


 昔から変わらない制服にどこかホッとする。


「予約した遠藤です」


「遠藤様ですね。お待ちしておりました」


 俺達は奥の席に案内される。


 店内の内装も昔と変わりなく、どこかあの時に戻ったようだ。


「ははは、お前がドMだからだろ!」


「いや、それは関係ないわ!」


 ただ、昔よりも客層に合わない人物も一部いるようだ。


 俺はこのレストランで凛に付き合ってほしいと気持ちを伝えた。


 凛にとってはこんなところで告白するのかという顔をしていたが、今までそういう関係になったことがない俺はつい言葉が先走って言ってしまった。


 俺と凛にとっては思い出の場所でもある。


「一応コースで頼んであるけど、何か食べたいものはある?」


「ラーメンは――」


「さすがに置いてないかな」


 ラーメンを気に入っている凛にとっては、レストランはどこか落ち着かないのだろう。


 少しお店の雰囲気に呑まれてゴソゴソしている。


「こちら前菜の海鮮サラダとカルパッチョです」


 目の前に置かれた大きな皿に、少しだけ乗った野菜とお刺身。


 フォークやスプーンはその都度置かれるため、特に気にせず食べられるのもこのお店の良いところだ。


 俺も正直たくさんあるフォークの中から、選択して食べていく自信はない。


 フォークでサラダを刺して口に入れる。


 程よく酸っぱい中にも甘みも感じるドレッシングが口の中に広がっていく。


「毎日食べたいですね」


 一番初めに聞いた言葉はあの時と同じだった。


 味は思い出せないが、今日みたいに美味しくてつい出てしまったのだろう。


「これからも一緒に食べたいな」


 凛の顔を見ると少し顔を赤く染めていた。


「あっ……」


 俺は約二十年前も今日みたいに返してしまい、そのままの勢いで告白した。


 あの頃は若気の至りだからよかったが、今はおっさんだ。


 それでも気持ちを伝えたいと思ってしまう。


「凛がよければ――」


「女王様!?」


 そんな中、若い男達が凛に近づいてきた。


 チャラチャラとした服装に金髪の髪の毛。


 店内に入った時から、少し話し声が大きくて気になっていたやつらだ。


「よかったらこんなおっさんより俺らと食べない?」


「お客様、店内でそのようなことを――」


 止めに来ようとした店員は男達に声をかけるが、その場で払い除けられる。


「そのまま俺らと楽しいことでもしようぜ」


 男は凛の手を掴もうとしていた。


「お店に迷惑だから、外に出てもらってもいいかな?」


 そんな男の手を俺は掴んだ。

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