第13話 おっさん、戦友と話す

 目の前にはよく知っている人物がいた。


「花ちゃん久しぶりだな」


「おいおい、おっさんに花ちゃんはないだろ」


「俺もおっさんだけどな」


 二人で笑っていると、凛は不思議そうな顔で俺達を見ていた。


「知り合いですか?」


「ああ、昔の戦友でライバルって感じだな」


 やはり凛は目の前にいる人物のこともわからないのであろう。それに気づいた男も苦い顔をしていた。


「えーっと、凛さんだったかな。ここでギルドマスターを勤めている花田だ」


「ギルドマスター?」


「おいおい、有馬それぐらいは教えといてくれよ」


「花ちゃんはここにいるギルドスタッフの中で一番えらくて強かった・・・・人だな」


 花田からは当時の強さはなくなっている。彼もすでに探索者を引退して、育成する立場に回った人だ。


「それで何しに来たんだ?」


「ちょっと有馬に話があってな」


 俺に何か話すことがあって会いに来たのだろう。きっと今朝のアーティファクトか隣にいる凛についてだと言わなくてもわかっている。


――ガチャ!


「お金に……ギルドマスター?」


 さっきまで対応していたギルドスタッフがお金を持って部屋に入ってきた。突然ギルドマスターが部屋にいるため驚いているようだ。


「ちょっと凛に防具を見繕ってもらっても良いかな? 俺も男だしおっさん――」


「いくらパートナーでもセクハラですからね」


 俺は凛を少しだけ部屋から離れるようにギルドスタッフに伝えた。


 ただ、それだけなのに俺のライフは残りわずかになりそうだ。これが年齢の差で生じる問題なんだろう。


「なるべく資金内でお願いします」


「わかりました」


 杖で得た資金で防具を買ってくるようにお願いした。軽く見積もっても数百万もありそうなほど札束が乗っていたから問題ないだろう。


 凛とともに部屋から出ると、早速花田は口を開いた。


「あの時の凛と同じだな」


「取り合っていた時代が懐かしいな」


 俺と花田は同時期に凛のことを好きになっていた。実力も同程度でいつも張り合っていたのに、好きな人まで被るとか、俺達はどれだけ運命的なんだろうか。


 結局凛と付き合うことになったのは俺だが、凛が亡くなってからは探索者として俺は落ちぶれた。


 一方、違う人と結婚して探索者として名を上げたのが目の前にいる花田だ。


「単刀直入に言うが、あいつは凛じゃないぞ」


「ああ、それは俺も知っている。凛はあの時、俺の目の前で亡くなったからな」


「そうか……」


 凛がこの世を去るところを俺は一番覚えている。


 病院で死にたくないと涙を流しながら、握った手が少しずつ冷たくなるのを今でも昨日のように思い出せるほどだ。


 結婚式をしたかった。


 家を買って一緒に住みたかった。


 子どもが欲しかった。


 家族みんなで旅行に行きたかった。


 俺と過ごす予定だった将来が急に崖のように崩れ落ち、凛はたくさんのことを叶えられなかった。


「あの凛はガチャから出たんだろ?」


「俺らしいと言ったら俺らしいだろ?」


「ははは、確かにな。毎日ガチャを引いて、凛に怒られていたもんな。結婚資金に手を出した時なんて……」


「鞭で一日引きずられていたな」


 俺達の声は重なった。それだけ当時いた探索者には話題になっていたのだ。


 彼女が亡くなってから、たった一万円なのに後悔しても遅かった。


 まだ彼女が動ける時に、反対を押し切って結婚式をあげるべきだった。


 俺が彼女の病気を知った時には、余命わずかでベッドで横たわっていた。


 つい昨日まで探索者としてダンジョンにいたのに……。


 それからすぐに彼女は亡くなった。


 まだ、23歳とたくさんの夢を叶えられる年齢だった。


「彼女は凛の記憶があるのか?」


 花田の言葉に俺は首を横に振る。彼女は凛であって凛ではない。俺もそれは理解してわかっているつもりだ。


 ただ、病気で辛かった時の記憶がないことが幸いだった。


 俺は毎日ベッドの上で泣いていた彼女を知っている。


「動画を見せてもらったけど、彼女はきっと――」


「アーティファクトだ」


 俺の言葉に花田は驚いている。アーティファクトということは物としての扱いになる。


 そして、道具には避けられないことがある。


「アーティファクトであればでいつか壊れる時が来る」


 アーティファクトは持ち主が死んだら機能を失うと言われている。その人のために作られた専用の道具ってことだ。


 それに当てはまらないのがガチャマシンだけだ。あれもアーティファクトという扱いなのに、ずっと消滅せずに存在していた。


「だから、明日壊れても良いように俺は凛と思い出が作りたいんだ」


 凛とできなかったこと。


 凛に経験させられなかったこと。


 あの凛が生きている時にできなかったことを叶えてあげたい。そのために俺の前に現れたと思っている。


 ただ、今の状況で色々したら気持ち悪いおっさんになってしまう。


「そうか。俺はいつでもお前を応援しているからな」


「ははは、歪み合っていたお前からそんなことが聞けるとはな」


 どこか凛が生きていたあの時代に戻ったような気がした。


 まずは凛と仲良くなるところから始めようか。

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