第6話 おっさん、外食する

「おかえり」


 玄関の扉を開けると声がかかってきた。そういえば昨日から家に凛がいた。


 久しぶりにお帰りなさいと誰かに言われた気がする。


「ただいま」


 俺は昔のように笑いかける。ただ、凛の顔は真顔で特に表情はない。


 昨日俺が"おかえり"と言ったのをマネしたのだろう。それでも20年振りに言われて嬉しかった。


「今日は一日何をしていた?」


「部屋の掃除をしていました」


 確かに部屋の中は整理整頓され、一緒に住んでいた時のような配置になっていた。昔に戻った感覚になっていたため、言われなければ気づかなかった。


「これ懐かしいね」


 俺は立てかけてある写真を一枚手に取った。昨日までは伏せていたのに、凛がちゃんと飾ったのだろう。


「これはなんですか?」


「初めて旅行に行った時に撮ったんだ。せっかく夢の国に行ったのに、近くのダンジョンから魔物が溢れ出しそうだからって……やっぱり覚えていないか」


 凛の顔を見ると首を傾げていた。やはり思い出も覚えていないのだろう。


 見た目は同じでもあの時の凛はここには存在しないのだと思い知らされる。


「夕飯は食べたか?」


「私が料理をすると有馬に怒られると思って――」


 冷蔵庫を開けると朝作った昼食がそのまま残っていた。


「あー、それはすまない。冷蔵庫におかずを入れておいたけど気づかなかったか」


 家を出る前に声をかけたが、料理を禁止していたから冷蔵庫を開けなかったのだろう。


「これからは料理も一緒に覚えようか」


「はい」


 同棲した時のことを思い出した。初めの頃も同じように、凛に料理を教えていた。


「今日は外食でもしようか」


「外食ですか?」


「俺のお気に入りところを紹介するよ」


 そう言って俺は凛の手を取って家を出た。





「ここがお気に入りのところですか?」


「中は少し汚いけど美味しいぞ!」


 外装も決して綺麗とは言えない、昔からあるラーメン屋だ。扉を開けるとそこには、いつも厳つい顔の店主がいた。


「おいおい、俺の作るラーメンに文句があるのか?」


「いや、そんなことはありません」


 俺は急いで謝る。そんな俺を見てクスクスと店主は笑っていた。これが俺達の日課だ。


「だろうな。三日に一回は来ている常連が文句を言うはずないよな?」


 どこか圧がピリピリと感じる。この男も過去に探索者をやっていた。


 自分の限界を感じて、その後開いたラーメン屋はそこまで人気店とは言えないが、俺にとっては欠かせない店となった。


「そういえば、有馬が人を連れて……凛ちゃん!?」


 この店を教えてくれたのは亡くなった彼女の凛だった。


「凛です」


 ただ、後ろにいる凛はやはり覚えていないのだろう。初めて会ったかのように挨拶をしている。


「ははは、見た目だけではなく名前も一緒とは俺は幽霊でも見ているんかね」


 それだけ凛はあの時の彼女に似ている。それはラーメン屋の店主も同じなんだろう。


「それは俺も同じですよ。いつものやつを二つお願いね」


 店主に注文を伝えて俺達は椅子に座った。


「汚いお店でごめん……いや、何もない」


 本当にピリピリとした圧を放つのはやめて欲しい。


「いえいえ、外食というものが初めて・・・なので嬉しいです」


 初めてと言われたら、もう少し綺麗でオシャレな店に連れて行けば良かったと思ってしまう。


 味はまずいわけではないけどな。


「ラーメンとチャーハンのセットだ」


 テーブルに置かれたのは普通の醤油ラーメンにただのチャーハン。


 最近流行りのもやしが山盛り乗っているわけでもなく、チャーシューが鴨とかでもない。


 それでもこのラーメン屋には足を運んでしまう。


「いただきます」


 箸を凛に渡してからラーメンを食べ始める。いつ食べても美味しいラーメン。


 あの時のように凛と食べられるとは思わなかった思い出の味だ。


「美味しい?」


「なんか懐かしい味がしますね」


 凛の目からは涙がポタポタと垂れてくる。


「おい、大丈夫か?」


「チャーハンも美味しいです」


「そうか。それならよかった」


 凛もなぜ泣いているのかわからないようだ。


 止めどなく出る涙はラーメンを食べ終わるまで、ずっと出続けていた。


 そして俺も歳を取って涙脆くなったのだろう。その姿に俺も泣いていた。

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