第3話 おっさん、時の流れを感じる
今も彼女と同棲していた家にそのまま住んでいる。築年数が経って家賃が下がったため、特に引っ越す理由もなくなった。
「ただいま」
玄関を開けるといつものように誰も声をかけてくれることはない。
「ただいまです」
ただ、今日は俺の後に声をかける人がいる。
「おかえり!」
俺はニコリと笑いかけるが、おっさんの笑顔なんて興味なさそうだ。家に帰ると凛は周囲を見渡していた。
その顔は懐かしいものを見る顔ではなく、初めて見るような印象を受けた。
同じ見た目をしているのに、どこか他人のように感じる。
俺は急いで部屋を片付けると、彼女を座布団の上に座らせた。
ウエディングドレス姿の彼女が、この部屋にはすごく異質に感じた。
「とりあえず、自己紹介をしますね」
「はい」
「俺は遠藤有馬だ」
「はい、私は凛です」
どこか機械的な会話をする彼女は、やはり亡くなった彼女と同じ名前をしていた。
「えーっと、俺のことは知っているか?」
「はい」
直接聞いた方が早いと思い、俺のことを知っているかと確認する。
「あなたは私の
これはどういう意味で言葉として受け止めて良いのだろうか。
主人とメイドのような関係であるご主人様なのか。
それとも夫と妻のような関係である主人から来ているのか。
俺としてはできれば後者の方がありがたい。
「ご主人様は流石に困るから、有馬って呼んでくれると助かる」
「有馬!」
「あっ、はい!」
急に名前で呼ばれたから驚いて返事をしてしまった。ガチャをコソコソとしている時に、後ろから声をかけてくる時とその声は似ていた。
「これで大丈夫でしょうか?」
「はい。俺も凛って呼ばせてもらうね」
「わかりました」
ずっと止まっていた俺の時計の針が進んだような気がした。いや、すでに見た目だけは20年も時が進んでいる。
顔には皺ができて、動きにくくなった俺は40代だ。
だが、目の前にいる凛は死んだあの時のままだ。
それでもなぜか俺は時間が戻ったような気がした。
「とりあえずその格好だと生活しにくいよね」
「はい」
そう言って、彼女は目の前でウエディングドレスを脱ごうとするが、さすがに一人では難しいようだ。
俺は目を逸らしながらファスナーを下げていく。チラッと見えるホクロの位置も彼女と同じだった。
「あとは自分でお願いします」
服とズボン、女性用の下着はないため男性用のパンツを置いて別の部屋に移動した。
久しぶりの彼女の体は、歳をとったおっさんでも元気になりそうだった。
必死に近所に住むおばさんの顔を思い出していると、着替え終わったのか扉を叩く音が聞こえてきた。
「はーい」
扉を開けるとそこにはダボダボの服を着た彼女が立っている。
そういえば、昔より太った俺の服とズボンでは彼女には大きすぎたのだ。
ズボンもズルズルと落ちてしまうため、短いワンピースを着ているように見えてしまう。
「ちょっとコンビニに行ってくるから待っててね」
俺は彼女を置いて急いでコンビニに向かった。
♢
コンビニに向かうと少しずつ頭の中が冷静になってきた。
まず彼女は本当に人間なのか。
一番はじめに思ったのはこれだった。見た目は人間だが、ガチャから出てきた時点で人間ではない気がする。
50cm程度の正方形の隙間から出てきたのだ。
女性であれば通れるかもしれないが、ガチャがどういう構造をしているのか不思議って思ってしまう。
そして、なぜ亡くなったはずの凛にそっくりなんだろうか。
例えば、俺ではない違う人がガチャを回したら、凛ではない違う人が出てくるのだろうか。
それとも祈っている時に、ふと凛に会いたいと思ったから出てきたのだろうか。
どちらにせよ、今後どうやって生活するのかをしっかり考えないといけないだろう。
コンビニで女性物の衣服やショーツを買って帰宅する。
店員に夜遅くおっさんが女性物を一式買ったから変に見られた。
きっと若い頃なら、彼女に頼まれて買っていくのだろうとしか思われないのに、時の変化が身に染みる。
「ただいま!」
家に帰ると部屋の中は静かだ。待っていてと言ったから、テレビも見ずに待っていたのだろうか。
部屋の扉を開けると、彼女の姿はなかった。
どこに行ったのか探すと、そのまま俺の部屋で待っていたらしい。
「ははは、寝ている姿は凛そっくりだな」
彼女は俺のベッドの上で丸くなりながら寝ていた。
寝顔はいつになっても変わらないようだ。
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