愛犬

北海道に住んでいた頃、雑種の犬を飼っていた。

私にとっては兄弟のような子だった。

冬はマイナス20度まで下がるような地域だったが屋外で飼っており、当時の北海道の屋外犬では当たり前だった、鎖で繋いでいた。

放浪癖があり、脱走すると1ヶ月や2ヶ月平気で帰ってこない。

保健所からももう認知されてお迎えに来てとの連絡が来ることもあれば、ある日自らひょっこり帰ってくることも。

しかも脱走から帰ってくると大体磯臭い。

当時の家から海となると直線距離でも100キロ近い距離。

しかもオホーツク海だから入って楽しい海には思えないのだが…。


私が中学生の頃、町で区画整理の話が進み、私の住んでいた家は取り壊すこととなった。

母は北海道から出る道を選び、中学生だった私には選択肢はなかった。

しかし、土地勘のない神奈川への引越し、また、その環境で屋外で犬が飼えるのかもわからない。

そのため、愛犬はおじいちゃんの家に預かってもらうこととなった。


時は流れ、私は高校を出て社会人となった。

一度は北海道に残ることにした姉も本州に出てき、母子3人で東京に住んでいた。

そんなある日、おばあちゃんから連絡があった。

愛犬が癌になり、治療を続けたが高齢だったこともあり、癌の転移も進み、手術跡も治らず膿むばかり。

そんな姿のまま生かしているのが可哀想になり、今日安楽死を選択したと。

家族3人、その日はとにかく泣いていたと記憶している。


連絡を受けて4日後、ふと外からチャリチャリチャリと鎖を引く音が聞こえてきた。

かなり前の事とはいえ、都内で犬を鎖で繋いで散歩している人なんていなかった。

すぐに愛犬の事を思い出した。

鎖を引く音はうちのマンションの階段へ移動し、玄関前まで続いた。

音が止まった途端、家中に磯臭い犬の匂いが広がった。

あいつが帰ってきたんだ。

肉体を失ったのに、きっと北海道から走って泳いで来たのだろう。

だから4日もかかったのか。

霊感のない姉も匂いを感じ、今この辺にいるってのがしっかりわかった。

家族の元に最後の挨拶に来てくれたことがとにかく嬉しくて、数日前の悲しい涙とは少し違った涙が出た。


でもさ、おばけになったなら飛んでくればいいじゃん。

その方が速かっただろうに。

でも磯臭くなりながら帰ってくるあたり、あいつらしいな。


いまだに数年に一度くらい遊びに来る気配を感じる。

もう成仏して新しい生命に生まれ変わってもいいのに。

そう思う反面、また来てくれたことを嬉しく思う。

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