(7)ある事件

次の朝、僕の熱は下がった。

父は心配しながらも、


「ユウが大丈夫って言うんだったら、行っておいで」


と言った。そして、「でも、無理はしないでね」と心配そうな顔つきでつけ加えた。


一昨日の件は、僕の中で何も整理がついていなかった。

だけど、一旦頭の隅に追いやることに決めた。




学校に着き、アツシと話そうとしていたとき、とつぜん羽鳥が教室に来た。

いつも呼び出しをしてくる上級生ではなかったので僕は驚いた。


クラスの誰もがざわついた。

羽鳥は僕を見つけると、一直線に僕に向かって歩いてきた。


そして、ぶっきらぼうに「今日、いいな?」と僕に向かって言った。

僕は、頭をこくりと頷いた。


そんなやり取りを、アツシは固唾をのんで見守っていた。

羽鳥が教室から出て行った後、アツシは僕に囁いた。


「昨日、ユウは休んだだろ? 実は昨日もユウを見に教室に来たんだよ、羽鳥先輩」


そして、続ける。


「あの目は、ユウにぞっこんだな。俺のほうがドキドキしちゃったよ」


と、真顔で言った。




その日の羽鳥との交わりはこれまでと違っていた。

僕は、悠真さんと父の、あの絡み合う二人の姿が頭から離れなかった。


そして、今日に限って羽鳥は、いつになく僕を優しく扱った。

確かにアツシが言うように僕に情が沸いたのだろうか。


きっと、そのいつもと違う羽鳥に、まったく似てないはずの悠真さんと被ってしまったのだ。




だから、羽鳥が僕を求めたとき、僕は悠真さんと交わっている錯覚に陥った。

その中では、父ではなく僕が、父が悠真さんにそうしたように、羽鳥のものをねっとりと音をたてて愛撫した。


悠真さんの姿をした羽鳥もそれを受け入れ、優しく僕の体を愛撫する。

そして、羽鳥が僕の中に入ってきたとき、羽鳥の激しい動きに呼応して僕は体をしならせた。


悠真さん、悠真さん……。


胸の内でそう連呼する。

僕は、これまでにない絶頂を迎えた。



薄白くぼやっとしたなかで、あの時にみた悠真さんの汗ばんだ体と絶頂を迎えたときの悠真さんの顔が頭の中にずっと浮かんでいた。



ああ、なんて気持ちがよいのだろう。

そう、僕はかりそめだけど悠真さんと交われたんだ。


嬉しいと思った瞬間、父のことを思った。

父は本当の幸せを感じているのだ。


そう思うと、なんともやりきれない悲しい気持ちが込み上げてきた。

あぁ、そうだ僕は父へ嫉妬しているのだ。


自分の気持ちがはっきりと分かった。

悠真さんを愛しているのだ。


でも、一方で、父の幸せを願う気持ちも本物だ。

ただただ、どうにも解決できないことが僕の心を締め付けた。


果てて横たわる羽鳥の姿を見ながら、今は、この嬉しさ悲しみの入り混じる感情が早く治まるのを願った。




僕は服を着た。

その姿を羽鳥は黙って見ていた。


そして、僕が部屋のドアのノブに手をかけたとき、羽鳥は僕に何かを言おうとした。


その瞬間。

突然、部屋にスーツ姿の男たちが入ってきた。

始め先生かと思った。


でも羽鳥の態度はそれと違った。

この者たちに心あたりがあるのか、正体を知っているようだった。


「いいな、来てもらうぞ」


スーツ姿の男たちのボスらしきものが羽鳥へ言った。

よくわからないけど、もしかしたら、スーツの男たちは拳銃のような武器を所持しているのかもしれない。


あの戦い慣れしているはずの羽鳥は素直に、


「わかった」


とだけ言った。

そして、僕を指さし、


「こいつは関係ないから見逃してほしい」


と言った。

ボスらしき男は、ちらっと僕を見た。


「それはどうかな」


刹那、ドンと鈍い音とともに羽鳥の腹部に拳が入った。

羽鳥は、崩れるようにうずくまった。


「おい、こいつも連れていけ」


手下達は指図通り、僕の腕を後ろへ縛りあげた。




僕は、腕の自由を奪われ押し込められたバンの中で、ふと考えていた。

きっと、仮に拳銃を持っていたとしても羽鳥は立ち向かうだろう。


羽鳥は僕が一緒にいたから、かばうために戦わなかったのかもしれない。

根は優しいのだ。

それはわかっていたけど。


もしかしたら……。

そう、もしかしたら、出会い方さえ間違わなければ、羽鳥とは違う関係を築けたかもしれない。


そう、ぼんやりと思った。




僕は目隠しはされなかった。

そこまで重要と思われていないってことだと思う。


そのおかげで僕と羽鳥を連れ去るバンのルートは大体把握することができた。

このまま進めば、僕の家、そう花屋の前を通るはず。

そうしたら、店先に出ている悠真さんが僕を見つけてくれるかもしれない。


思った通り花屋の前を通った。

僕は、悠真さんの姿を確認した。

父もいる。


一瞬だったが、二人は何か話しているようで、楽しそうに笑っている姿が見えた。

まぶしい。


あぁ、僕とは別世界にいるんだ。

そうか、きっと、僕なんかが、悠真さんを好きになってしまったから罰が与えられたんだ。


涙が頬を伝わるのが分かった。



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