(6)目撃

そんなある日のこと。

父から、


「今日、帰ったら大事な話がある」


と言われた。

今日は、羽鳥からの呼び出しがありそうなので、「もしかしたら遅くなる」と答え、いってきます、と言って学校へ向かった。


通学中、大事な話ってなんだろうと想像した。

この間、祖父が提案したお店を拡張する件か、いよいよ不便になってきた仕入れ用の車を購入する件か、どちらかだろう。



学校では、そろそろ来るかと思っていた呼び出しはなく肩透かしだったが、帰ったら悠真さんと店番ができそうだな、とウキウキして帰宅の途についた。



家に帰ると、休憩中の札がかかっていて店の扉が閉まっていた。

おや? と思って家のドアの方から部屋へ入って行くと、襖の間から父の姿が見えた。


僕が「ただいま」と言おうとした時だった。

襖の向こうに、もう一人、人影が見えた。

悠真さんの姿。


そして、僕は目を見開いたまま立ち尽くす。


父と悠真さんは裸だったのだ。

いや、父は部分的に下着はつけていたのかもしれない。


僕は、はっとして、これは見てはいけないものを見てしまったと直感した。




悠真さんは普段は痩せて見えるが、実は筋肉質で、今は父と絡み合っているため汗で肌が光っていた。


父の肌は、色白で瑞々しく、男のものがついているのを除けば女性そのものだ。

そして、父はすこし赤らめた顔で悠真さんの大きくなっているものを、口に含むと優しく愛おしく、そしていやらしい音を立てて愛撫していた。


悠真さんは、時折「ナギさん」と父の名を呼び、首をそらし目をぎゅっとつぶった。

快感に耐えているようだ。


そして二人は慣れたように、固くなった互いのもの同士を合わせ、手のひらで包み込むと、一緒にしごき始めた。

父が、控えめな喘ぎ声を上げたのはすぐだった。


もう、耐えられなくなったのだろう、父は悠真さんの首に腕をまわすと、そのまま顔を寄せて悠真さんの唇をしきりに求め始めた。

それを悠真さんは優しく受け入れると、二人はいやらしい音を立てながら舌を絡め始めた。

それから、悠真さんは、


「いくよ」


と言うと、小さくうなずく父を確認し、体全体を抱えるように、その大きく固いものを父の中へ入れた。


そして、優しく、そして激しく愛し始めたのだ。

僕は、あまりのことにその一部始終を目を逸らすことができずにいた。


しかし、「いけない、ここから逃げないといけない」と頭の中で叫ぶ自分に気が付いた。




それからは、どうやって家を出たのか分からない。

気が付いたら、近くのファーストフードでぼんやりと座っていた。


父と悠真さんは愛し合っていた。

それも慣れた様子だった。


いつからだろう?

でも、思い起せばそんな素振りはないかというとそうではない。


普段から仲は良かったし、父は明らかに悠真さんに好意を寄せていた。

僕は、父が幸せになってほしいと思っていた。


だから、これは喜ぶべきことだ。

でも素直に喜べないこの複雑な感情は何なんだろう。


そうだ、今朝、父が言っていた『大事な話』はきっとこの二人の関係のことだろう。

そうに違いない。



目を閉じると、先ほど見た光景がはっきりと思い出された。

あぁ、悠真さんのたくましい体。


そして、優しくも猛々しい顔。

快感に耐えるあんな表情。



僕は、頭の中で何かがぐるぐると回り、混乱していた。

ふと時計を見て「あぁ、そろそろ帰らなきゃ……」と思い、ふらっと家に向かった。


雨が降っていたのに気が付いたのは、


「ユウ! ずぶ濡れじゃないの!」


と、父が慌てたようにタオルを頭にかぶせてくれた時だった。




次の日、僕は熱を出した。

風邪をひいてしまったのだ。



父は「今日は学校は休んで安静にしてなさい」と僕に言った。

店舗の方から、「ユウが風邪を引いた」と、父が悠真さんに話している声が聞こえた。


「なにか買ってきてあげよう」


悠真さんの声。

あぁ、僕は今、悠真さんの顔をまともに見れない。

お見舞いに来てほしいけど、来てほしくない。



少し寝ただろうか、夢の中で暗闇を僕は一人で歩いている。

いつもみる怖い夢。


熱のせいか、昨日のことのせいか。

熱のせいならいいのに。

目を開けると、目の前に悠真さんが僕をじっと見つめていた。


「あ、起きたね。ユウ、気分はどう?」


悠真さんは、僕の額に手をあてた。


「まだ、熱があるみたいだね」


手にはアイスクリームのカップを持っていた。


「食べれる?」


僕は、ぼんやり悠真さんを見つめていた。

昨日の悠真さんではなく、僕の知っているいつもの悠真さんだ。


僕は、「うん」とうなずいた。

悠真さんは、


「じゃあ、口を開けて」


と、スプーンでアイスクリームをひとさじすくい、僕に差し出す。

僕は、口を開けて、はむっと舐めた。


悠真さんは、にっこり微笑みながら言った。


「どう? 美味しかった?」


僕はまた、「うん」と答えた。


それから悠真さんは不意に僕の唇に指をあてた。

僕はドキっとした。


「ユウ、口にアイスが付いているぞ」


悠真さんは、僕の唇についたアイスを拭うと、そのまま指をぺろっと舐めた。

あぁ、なんて優しいんだろう。


なにか溜まっていた感情が溢れてきた。

止まらない。


僕は溢れてくる涙を止められない。

悠真さんは突然泣き出した僕に困ってしまい、


「どうした? 頭でも痛いのか?」


とあたふたした。

僕は、漏れ出た感情を押し込めて首を振った。


「ううん、悠真さん、僕に触れると風邪がうつっちゃうよ」


それだけ言うことができた。

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