(5)幸せな日々

忙しい日が続いた。

学校では、アツシは僕に水泳部の佐藤先輩に恋をしたと打ち明けた。


どうも水泳部独特の胸筋がたまらないそうだ。


「毎晩想像してはおかしくなりそうなんだ……」


と真面目に話すアツシは、なぜか僕の気持ちを明るくしてくれる。

アツシは普段は爽やかな微笑みを周囲に振り撒き、相変わらずの人気者なのだが、僕と二人っきりになると下心丸出しの本性を剥き出しにするのだ。


僕は、そのギャップが可笑しくて仕方ない。

僕は、笑いながらアツシの話に耳を傾けた。


そう、この頃になると、僕はアツシにはすっかり心を開いていた。




ある日、僕はアツシへ、羽鳥の事について相談を持ちかけた。

羽鳥の僕への扱いがますます優しくなって来たのだ。

そのことを話すと、


「それは、羽鳥先輩は、ユウを好きになったんじゃないか?」


と真面目半分、からかい半分で言った。

薄々は気付いていた。


でもアツシの言葉を聞くと、やはりそうなのかも、と思わざるを得なかった。

僕は、お礼のつもりでアツシに、


「そうそう、アツシ。羽鳥先輩の胸板だけど、さわったらカチカチだったよ。でもそれ以上に腹筋の割れ目はすごかった」


と宿題を回答するように報告した。

アツシは、腕組みをしながら、


「うん、そうかそうか」


と、満足そうにうなずいた。


「まぁ、固ければいいってもんじゃない。しなやかさとハリも大事だ。それなら佐藤先輩のほうが上かな……あと、腹筋か。腹筋に目をつけるとはさすがユウ。俺も結構好きだぜ! 腹筋!」


グーサインを出しながら、得意げに言った。

僕は、思わずプゥと噴き出してしまった。


僕はアツシのことは親友と思っているけど、アツシも僕を親友と思っていてくれていればいいなぁ、とアツシの顔を眺めながら思った。





花屋の仕事は、開店以来、初めて黒字が出たと、経理を陰から支えてくれている祖父から連絡があった。

父は大喜びし、悠真さんも


「おめでとうございます!」


と自分事のように喜んでくれた。

僕も父がこんなに喜ぶのはいつぐらいのことだろうか、と思い、これまでのことを思い少し涙ぐんだ。


悠真さんは、そうだ祝賀会をしようと持ち掛けてくれた。

父は、


「それなら、店を閉めたら家のほうに来てやりましょう」


と言った。




その晩、悠真さんの乾杯の音頭で祝賀会は始まり、悠真さんはお酒を気持ちいいくらい飲んだ。


父は飲めないお酒を少し飲んでは頬を赤くして、上機嫌になって悠真さんに酌をした。


「ユウもたくさん食べて」


父は、僕にご馳走を進めた。

その姿をしみじみ見ると父はとても色っぽく、前にもまして凛とした可愛い女性に変貌していた。


本当によかったね、姉さん。

僕は心からそう思った。


時計の針が深夜0時を過ぎると、父は手を叩いた。

終わりの合図。


「明日は、仕入れで朝が早いから、悠真さんには泊まっていってもらいましょう」


父はそう言って、悠真さんを客間に通していた。

僕は、あくびをかきながら、


「僕もそろそろ寝るね。おやすみなさい」


といって部屋へ向かった。



僕はベッドに入って、最近の学校や家での出来事を思い起し、こんなにうまくいくなんて怖いくらいだなと思った。

明日のことを考えるのがこんなに楽しいのは初めての感覚だ。


きっとこれが幸せなんだと思いつつ、知らないうちに眠りについていた。




しばらく、平穏な日々が続いた。

アツシとの会話はとても楽しかった。


いろんな話ができるはじめての友達。

僕は、佐藤先輩になかなか告白をできずに悩んでいるアツシに、何か手伝えることはないかと思ったりしていた。


アツシに、最近一番楽しいことはなにかと聞きれ、悠真さんとの店番の時間が一番楽しいと答えた。

悠真さんといると楽しい。


会話のちょっとしたことで、胸がドキドキしたり、悲しんだり、喜んだりできる。

それが楽しい。


羽鳥との関係は続いていたけど、この楽しさを思えば十分我慢できる。

アツシは僕に


「最近のユウは、悠真さんという人の話ばっかり出てくるな。まぁ、いいことだと思うけどな。うん」


と、物知り顔で言った。

アツシは僕が羽鳥をそんなに好きではないことを知っている。


だから、僕が言わない限り羽鳥のことは詮索してこない。

それがアツシという友達の優しさだった。

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