第4話 グレイス

 陽が海に沈んでいく頃。


「ここはっ!!」


「いよいよ潮がひくぞ」


「こんな時間まで、ワシはいったい」


「お疲れだったのでしょうね」


「スッキリされています」


「そうじゃったか。ふむ、力が溢れる」


 潮が引くのにつれて、砂が紋様を描きながら流れていった。その紋様は渦に呑まれていき、やがて一つの穴へと注ぎ込まれていった。


「美しいな」


「美しい」


「美しいです」


 一人、惚けるファニーを置き去りに穴へ近づくと、徐々に砂が柔らかくなっていき、膝まで沈み込むようになった。


「そこまでじゃ。ワシが先導する」


 ファニーが飛び込んだ。ファニーを踏み潰して続いた。


「行かねばわかるまい」


「まいりましょう」


「行きまーす」


 まぶた越しに砂が流れる感覚と共に、誰かにまとわりつかれる。またもう一人。砂を抜けた頃合いに、薄目を開けて、先導したファニーを踏むしめる。


「地蛍か」


「幻想的ですわ」


「綺麗です」


「確かにのぅ」


 ファニーから降りて歩くと、時折、光る。そんなものにはお構いなしに、どんどんと進む。


「ふむ、こちらか」


「何を追っているのかしら?」


「砂が低いところだ」


「なるほど」


 ソメルがあごに手を当て考えている。


「当てずっぽうですね」


「アリシア」


「はい」


「ご明察」


「ちっとも止まらんの、おぬしたちは」


「流れる先に何かあるだろう」


「ふふっ、そうですわね」


「ついていきます!」


「そうじゃな」


 やがて砂は湖へと流れ落ちていった。


「ちょっとした広さがあるが」


 よく冷えている。無色透明である。


「向こう岸まで飛んでしまいましょう」


「行きますよー!!」


「おい」


 アリシアがフルスイングすると、湖を大きく飛び越えたが、やや余勢が強すぎる。ちょうど止まる頃合いに、ソメルが飛んできた。


「ありがとうございます」


「いこう」


「いきます」


 やはり追随するアリシアと共に、フィニーを踏み潰す。


「不思議と先にいますわね」


「前にフィニー、後ろにアリシアか」


「私は控えめなんです」


「アリシア」


「ソメルさん?」


 火花を手で遮ると、その手へと光線が伸びてきた。光をにぎりつぶして、先へと進む。行くほどに強まり、やがて白一色となる。


「おまえさん方は、本当に止まらぬのぅ」


 白紙に垂らした墨汁のようだった。散った。続けざまに視界いっぱいに光線がせまる。


「仕置きが必要だ」


「えぇ」


「徹底的にいきます」


 一振りの手で光を消し飛ばし、その勢いをそのままに逆手を突き出す。前方が抉れて消えた。


「荒れ狂え」


 ソメルが前方へと突き出した両手から、渦状に放射される黒炎。とどまるところを知らぬ膨張の果てに、重ねて消し飛ばしていく。


 どこからか浸水が始まる。


「あらあら、出番がありません」


「すぐにくるだろうさ」


 宙へと出現した白き球がのたまう。


「願いたまえ、たちまちにして叶えましょう」


「消えよ」


「はっ?」


「さて、帰るか」


「参りましょう」


「いきまーす」


「そうじゃの」


 迫りくる水をものともせずに、来た道を戻る一行。


「??????」


 白き球がふわふわと付随する。


「ここだろう」


「でしょうね」


 右手を掲げて、削り飛ばすと、その先に青き空が見えた。大量の海水が流れ込んでくる。ソメルを抱き寄せ、2名がひっついてくるが、一人は蹴り飛ばしていく。フィニーが先行して流れ飛んでいった。


「なんなの、これ」


 白き球の行方はしれぬ。


 ややしばらくして。


「余興としては下である」


「そうですわね」


「もう少し手応えがほしいです」


「そうじゃの」


 炭酸飲料がのどを刺激する。


「確かに合う」


「私の好物です」


「へぇ、他にオススメはありますの?」


「ワシはお茶がよいのぅ」


 穏やかに凪ぐ、夜の海が広がる。白き球が辺りを照らす。


「不調法者が」


「おちよ」


「あははっ」


「祈るとしよう」


 砂に埋もれてもなお光がもれる。


「是非もない」


 立ち上がり、あとにする。


「ソメル」


 こちらを見るソメルの眉が片方上がり、口があく、その前に。


「いつか話す」


「楽しみにしております」


 右手をぐっとにぎりつぶした。


「お待ちください」


 光が通り過ぎて。


「ぼくを少しは求めてください!!」


「消えよ」


「はうっ」


「直接、お話しなさい」


「直接」


 なにやらごにょごにょ言うそばを通り過ぎていく。


「あなたの願いを叶えさせてください。ぼくはグレイス。それが宿命なのです」


「消えよ」


「どうしてっ?!」


「自らの願いを持て」


「そんなのできたらやってますよ」


 光が強まる。


「ならば願いを叶えろ」


「なんの願いを?!」


「グレイス、自らのために生きよ」


 光が柔らかくなり弾けると、周囲へ降り注いだ。


「これがグレイスか」


「温かいですわね」


「それにしても宝具には人格が宿っていますね」


「グレイス、どんなやつじゃったのやら」


「って、勝手にお別れにしないで!!」


 注目すると指先のサイズでふわふわと浮かぶのがわかった。


「いくぞ」


「えぇ」


「はーい」


「そうじゃな」


 やや遅れて、肩のあたりにチカチカと漂った。

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