第3話 幻惑の香水

「近くに眠る宝具は、グレイスだったか」


「えぇ、早速、参りましょうか」


「今度こそ入手しましょうか」


「またんかーー!!」


「グレイスが眠るのは山向こうの砂漠地帯だったな」


「砂丘と呼ばれる場所。海岸もありましたね」


「せっかくですし、海で遊びませんか?」


「アリシアは幼なごのようだな」


「いけませんか?」


「そうは言っていない」


「リゲルは不器用ですわね。足を浸す程度であれば、ご一緒しますわよ?」


 アリシアはくるくると回った。


「ふげっ!!」


「相変わらず抵抗がありませんね」


「いくぞ」


「楽しみですわね」


「はーい」


 山頂にいたると、眼下に砂丘が広がり、遠くで広洋たる海があった。


「絶景である」


「ティータイムのお供にふさわしい」


「いいですね」


「ラッセ」


 椅子に腰掛けると、華やかな香りが鼻に届けられた。


「ふむ、ハーブティがよかろう」


「ほどよく冷えていますわね」


「こんなにも飲みやすいんですね」


「この他には知らぬな」


「おーい」


「懲りぬな」


「おちよ」


「さようなら」


 十分に堪能した後、ゆるゆると山を下っていった。砂丘に到達すると、先人がいて、急な雷雨が起きるやもしれぬと憂慮していた。


「砂が鳴るのがよいな」


「えぇ、独特の小気味よさを味わせてくれますわね」


「私は苦手ですね」


「怯えているな」


「はい、どこまでも沈みそうな気がして」


 突如、前方に黒き飛来物が砂煙を巻き起こした。


「不調法者めが」


「どうしてくれましょうか」


「何度でも来ますからね」


「仕方あるまい」


 わしづかみにして抜き取って捨てた。


「乱暴なふるまいじゃ」


「仕方あるまい、敵は散らす。そなたは散らぬようだがな」


「わしは宝具と一体化しておるからな。死ねぬよ」


「手応えのなさはそれが理由か」


「へぇ。それで身だしなみに手を抜いて不潔になったのね」


「失礼なお嬢さんじゃな。不死を研究して、少しでも長命を目指す考えがあるが」


 黒の中から光った。


「わしからすれば不死は恐ろしくてな。あらゆる手段で死のうとしたのよ。これはその果てのなりでな」


「そこが急所か」


「ぐはっ!! 何をする」


「殺してやろうと思ってな」


 動きを止めて、しばらくじっとしたあと。


「なるほどの。これがわしの本音か」


 白い歯を見せて笑う。


「ぐぬっ!!」


「生への執着が随分とあるようだな」


「おぬし、性悪じゃのぅ」


「さて、な」


「おちろ」


 ソメルに追われているうちに、いつしか名前もわかった。黒いやつは、フィニーというらしい。


「みよ、これが幻惑の香水よ」


 フィニーがわめくが、無色無臭でわからん。


「探索するか」


「なにか目印があるのでしょうね」


「砂の色が変じている場所、などでしょうか」


「臭いもありえるか」


「五感を意識いたしましょうか」


「今に効用に感謝しようぞ」


「フィニー、サボるな」


「グレイスの恵みに預かれませんよ」


「どのような恵みが得られるのでしょうね」


「ワシは恵みなど要らぬわ」


「承知した」


「いや、多少は関心があるんじゃがな」


「手を動かしなさいな、フィニー」


「そうですよ、フィニー」


「わかったわい」


 じじいがツンデレは気持ち悪いのだ。


「この区画はないな」


「次ですわね」


「10のうち8まで。残り2ですね」


「ちと休憩せぬか」


「仕方あるまい」


 椅子に腰掛けティーセットを並べる。宙に並ぶパラソルが火除けとなる。


「赤とは、わかっているわね」


「緑は好きな色です」


「なぜ、うんこ色なのじゃ」


「似合っているな」


 レモネードがひんやりとのどを潤す。


「いこうか」


「えぇ」


「楽しみです」


「もちっと休もうぞ」


 一羽の鳥がゆるやかに降りてきて、フィニーの頭で休んだ。羽を繕い、まるで誰もいないようだ。


「見事、幻惑の香水。そのままでいよ」


「鳥がたつまでね」


「いい絵ですね」


 フィニーの顔が光った。


「最後の区画にもなかったか」


「私たちの目視は正確にして無比」


「となると潮が引いた場所に現れるのやもしれませんね」


「間違いなかろう」


「休めたようだな」


 鳥がのびやかに空へとはばたいていった。


「今度はリゲルに止まってほしいものよ」


「それはあるまい」


 ソメルも口元が緩んでいる。アリシアは海に飛び込んだ。


「まだ潮が引くまで時間があります。遊びましょう!!」


「アリシア、足元だけと言ったでしょう!」


「かまうまい」


 フィニーは大の字で眠っているのを確認したソメルは、笑顔で海に飛び込んだ。

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