第5話

「せっかく、人が寝ていたのに。邪魔をしてきて」


 と少女はそのようなことを言う。


「あなたは見かけない顔ね。何年生?」


「……1年生」


「あら、そうなの。私と同じ学年なのね。何組?」


「2組」


「2組。2組ね。へぇ、そうなんだ。私もよ」


 と彼女は眠そうに欠伸をしながらそう言った。

 確かに身長などを見れば、どうも上級生には見えない。下手すれば高校生にしか見えない。しかし、彼女のその口調は大人びている……と言うよりは生意気、ませている口調は同級生には思えない。まるで先輩が生意気に私の方へ指図をするような、そのような口調に聞こえる。


 彼女は2組と言った。そして僕も2組である。

 しかし、僕は彼女の存在を知らない。みたこともない。


「まぁ、お互いに知るはずないか。だって私なんてずっとここで眠っているもの」


「そうなんだ」


 そこで会話が止まる。

 僕は気になった。どうしてずっと保健室にいるのか。どこか体が悪いのだろうかと。さらに、もう一つ。目をギョッとさせるものがあった。それは棚の上に置かれた大量の錠剤。オレンジ色の錠剤、ピンク色の錠剤、チュアブルのような形をした薄型の錠剤。とにかくたくさんの種類がある。その薬を飲むだけで、腹が膨れてしまいそうだ。


 一体何の病気であろうか。あの錠剤と彼女が保健室にいる原因と何か原因があるのであろうか。知りたい。だけれども知らない方が良いこともある。


 パンドラの箱。伊弉諾の黄泉帰り。昔の神話だってそうじゃないか。知ってはいけないものを知ろうとして、そのせいで世界中たくさんの苦しみに襲われるようになってしまった。


 もう二度とパンドラの箱を開けてはならぬ。


「そうなんだ」


 ともう一度いう。

 すると彼女は眉を動かした。


「あなたは私の名前を知っている?」


「いや、知らない」


「そう」


 また会話が止まる。

 彼女の顔。血色はかなり良い。頬はリンゴのように赤い。とても病弱には見えない。そうなると、あの机の上に置かれている錠剤もただのオブジェのようにも感じる。


「実はあなたと入学式で会っているはずだけど、知らない」


「知らない」


「そう」


 とまた会話が止まる。

 進んでは止まって、止まっては進んで。これじゃまるで渋滞中の道だ。イライラする。

 そうして彼女はため息を吐いた。


「あなたは度胸がないのね」


 そう言って、そのままベッドの方へ戻った。そうしてゴロンと寝転がる。


「私はこうして誰もいない保健室で寝る。そうしてあなたは何もしない。何もしないのであれば邪魔だから出て行って」


 と、彼女はそう言い放った。僕は保健室から出て行こうと思った。

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僕の初恋の人の彼氏の妹はきっと好きになれない 一七六迷子 @karakusasakuraka

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